聖女、君子じゃございません
 どのぐらいそうしていただろうか。本気で動く気のないらしいアーシュラ様を見かねて、俺は小さく咳ばらいをする。すると、アーシュラ様は少しだけ瞳を見開き、グッとガッツポーズを浮かべた。


「勝った!」

(いや、何にだよ)


 黙っていれば美少女、というのは、アーシュラ様のような人間を言うのだろう。彼女の表情は愉悦と底意地の悪さに溢れている。俺は思わず眉間に皺を寄せた。


「勝った、じゃありません。至急、ご準備を」

「えーー?」


 アーシュラ様はもう一度不満げな声を上げたが、本当は最初から断れないと分かっていたのだろう。扉に身を滑り込ませるようにして、家の中に戻っていった。


「良いですか! しばらくこの家には戻って来れませんし、旅の間に必要なものは持っていくようにしてください!」

「ふぇ~~~~? それってすっごくメンドーですね!」


 アーシュラ様から返って来たセリフに、俺は思わず青筋を立てる。
 これまで女性といえば貴族の令嬢としか接してこなかった反動だろうか。やり取りが酷く煩わしく感じられる。


(いや、こんな感じでも相手は聖女……相手は聖女)


 沸々と湧き上がる不平不満を抑えるため、心の中で何度もそう唱えるのだった。


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