地味子なのに突然聖女にされたら、闇堕ち中の王子様が迎えにきました
 

 花園の中にある12才から18才までが通う学び舎。クラス名は花の名前が付けられ、16才のイヴはヴァイオレットのクラスに所属していた。

 2時間目の授業が終わった後の休み時間に、クラスメイトから声をかけられる。きっと、何か押し付けたい仕事があるのだろう。察したイヴの顔が曇る。
 目鼻立ちがくっきりした綺麗な顔が、そんなイヴの顔をぐいっと覗き込んで尋ねてきた。

「ねぇ、今日の放課後、お花の植え付け変わってくれない?」

 今朝会ったソフィアだ。その容姿に似合った甘い声でお願いされる。
 一緒にいるのはシェラルとバスティ。この間、優秀な成績と品行方正な態度で、他の生徒の模範となると特待生に選ばれたばかりだ。
 皆、親が国の最深部へ関わる要人を任されているからか、3人で行動することが多かった。


「ご、ごめん、なさい。今日は、教会の奉仕活動があって」

 そう、イヴの顔が曇った理由はこれだった。いつもだったら、引き受けられるものの今日ばかりは気がかりなこともあってどうしても難しい。

「お花の植え付けが終わってから行けば良いじゃない」

「で、でも、遅れちゃうと、皆の夕飯の準備が手伝えなくなっちゃう」

 困っているイヴに、名案が浮かんだようにニコッと笑うソフィア。

「じゃ、遅れないように放課後じゃなくて、お昼休みにやったらどう?」

 それでも首を縦に振らないイヴに、痺れを切らしたバスティが毒吐く。

「お前のランチって、あってないようなもんじゃん。どうせすぐ食べ終わるんだから暇だろ?」

それにシェラルも口を挟む。

「ちょっと、そんなこと言ったら可哀想じゃない。私達が恵まれない人に、手を差し伸べてあげないと。ねぇ手伝ってくれたらランチ少し分けてあげるわよ?」

 何か喉につかえているような感覚だった。

 彼女らの言葉をこれ以上聞いていられず、逃げるように「花の植え付けやっておきます」と端的に伝えると、やっと納得のいった3人は立ち去ってくれた。思わず、下唇をきゅっと噛む。

恵まれない、という言葉がイヴの中で呪いのように反復する。今初めて言われた言葉ではない。自分の容姿や生い立ちを今更気にしても仕方がない、こんなことでいちいち傷ついてられないのに。



 昼休み、イヴは花壇の前の長椅子で1人昼食を取る。手には小さなロールパン一つ。

 さっき言われたことが気になってか、ふと右耳のピアスがずしりと重くなる。耳に開いた穴は罪人の証。ピアスを開ける時、執行人からそう告げられたのを思い出した。

 親の顔も罪状も知らない。だけど罪人の子どもというだけで最初から不幸な人生を歩まないといけないなんて。

 贅沢は言わない、ただ何か希望を持って生きたい。イヴは小さなロールパンを見つめて思った。

 バスティの言うように、確かに、あってないようなランチだ。味気ないそれをちぎって、水筒の水と一緒に一気に流し込んだ。

 花の植え付けに取り掛かろうとした時、近くのテラス席から、きゃっきゃっと女の子達の楽しそうな声が聞こえた。
 ちらっと見ると美味しそうなサンドイッチやケーキ、フルーツの盛り合わせなどがテーブルに並んでいる。

 食べ物が豊かで、肌艶の良い年頃の綺麗な女の子達。それに比べて、自分は髪も肌も栄養不足でボロボロ。

 比べてもしょうがないことは分かっているのに。
 また、無意識にきゅっと下唇を噛む。もはや、これはイヴの癖になっていた。
 
 立ち上がって、そのテラス席の横を通り過ぎようとした時、不意に女の子達の会話が耳に入る。


「あの子、ロールパン一個ってやばくない?ダイエット?」
「いやいや、ダイエットっていうか痩せ過ぎでしょ。みすぼらしいから家が貧乏なだけじゃないの?」
「しー、あの子知らないの?イヴだよ、罪人の娘だって有名なイヴ・グレイシア。右耳のピアス見てごらんよ」
「あー、罪人の娘だから国の保護対象にもなれず、孤児院にも入れなくて奉仕活動で賃金稼いでるって」

 耳を塞いで逃げるように走り出したくなったが、聞こえていることを悟られたくなくて、そのまま聞こえないふりをして歩き続ける。

「うわー、私、無理ー、死んだ方がマシじゃない?」
「生きるの辛過ぎ、そんな人生じゃなくて本当良かった」 

 「しー、聞こえる、聞こえる」と、言う割に、笑い声も混じって焦燥感がまるで感じられない。

 
 綺麗な顔をしながら吐く言葉は辛辣だ。
 自分に向けられる視線、言葉はどれもいつも堪え難いもの。

 自分が罪人の娘で特異な存在だから、待遇が違うこともしょうがないと、もう諦めている。だから自分にできることだけでもと、奉仕活動やお花の世話、掃除など雑用はなんでもしてきた。
 
 たとえ生まれが変えられなくても、ここじゃないどこかだったら幸せになれるんだろうか。
 罪人の娘にはそれさえ不相応な夢なんだろうか。

 噛みすぎた下唇が痛くて、口の中に嫌な血の味が広がった。視界が涙で揺らぐ。
 
 あぁ、早く放課後になって欲しい。

 イヴはそう思いながら、花の植え付けに取り掛かった。ポタポタ、土の上に涙が落ちる。一人で良かった。好きなだけ思う存分泣ける。

 
 
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