透明な君と、約束を



「凄いじゃ無いか!」

事務所を出た瞬間、覗き込むように鹿島さんが大きな声を出し思わず、ぎゃ、と声を上げてしまい口を手で塞ぐ。
すぐに周囲を見れば、行き交う人は誰も私の声に気付いていないようだった。
とりあえず早くこの場を立ち去ろうと足早に歩き出せば、鹿島さんは気にせずに話しかけてくる。

「ほらな!チャンスってどこで転がってくるかわかんないんだよ。
台本叩き込めって言われたけど、これがシリーズものか単発なのかも確認しろよ?
主人公の妹の友人が何でダブルデートに誘われたのか、色々な方向から作り込みをだな」
「鹿島さん、家につくまで喋るの我慢で」

私の小声と睨むと鹿島さんが、悪い、と耳でもたれそうな顔でしょげられてしまった。
喜んでくれるのはとても嬉しい。
だけど段々現実感が湧くと同時にプレッシャーが増してきて、私の手は酷く汗を掻いていた。



家に戻り夕食時家族にドラマ出演の話をすると、母もそしてたまたま早く帰ってきた父親もとても喜んでくれた。
見たことも無い二人のはしゃぎように、ちょい役だからと必死に念を押す。
ありがたいけれどご近所さんとかに言いふらされてはたまらない。
学生をしつつ、モデルなんてのは名前ほど華々しい訳では無い。
事務所と提携している俳優講座や色々なレッスン料を出してくれてるのは両親。
母は仕事をしながらも私の健康に配慮した食事を作ってくれる。
これを成功させ足がかりにして、いずれ大きなドラマに出たい。
そうすれば両親にも胸を張って言えるしもっと喜んで欲しい。
このドラマに出ることで少しでも恩返しをしなければ。
そう思うとプレッシャーで胃が痛くなりだした。

胃薬を飲んで部屋に行き、まだ一度も開いた跡の無い台本を手に取る。
ざらりとした手触りの厚い表紙をめくれば、役名と共に有名な俳優の名が連なる。
そして私が演じる役には見知らぬ女の子の名前があった。
知らない名前の子だけど、きっとこの子は心から悔しく思っているだろう。
でもそう思うなら悪い事なんてすべきじゃ無い。
モヤモヤするしプレッシャーものしかかる。

「代役だろうが役を指名されたのは知世だ、自信を持て」

私の不安を見抜いている鹿島さんが容赦なく私の頭をチョップする。
痛い、と不満を述べつつ、二人で笑みを浮かべた。

台本を読めば、主人公の妹が私が演じる役である親友の恋を応援するためにダブルデートを画策し、主人公の妹とその幼なじみの男、そして私と私が恋する同級生男子が遊園地に行くという設定だった。

主人公の妹は私とその相手を二人にするために早々に幼なじみの男子と一緒に離れてしまう。
そして主人公の妹は事件に遭遇。
私達は事件が起きたことで帰らされた、という他の出演者の言葉で終わらされているので、本当に出るのは少しだろう。
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