キスのその後に

ひと通り写真撮影を終えると、玲子はお色直しのために一足先に席を立った。

その後ろ姿を見送りながら、圭介はため息をついた。

おそらく、人生で一番幸せな日のはずなのに、俺は何でこんなに怯えているんだろう。

考えすぎだと、何度も言い聞かせる。

「こんな日にため息かよ。」

気づくと、目の前にビール瓶を持った男が立っていた。
大学時代からの友人の片桐蓮(かたぎりれん)だ。

「飲む？」
蓮は、手に持ったビール瓶を差し出してきた。
「あぁ…。少し。」

「玲子ちゃんと喧嘩でもした？」
「いや…。」
圭介は、グラスになみなみと注がれていくビールを見ながら言った。

「真由とのこと…バレたかも。」

蓮の、ビールを注ぐ手が止まった。
「マジ…。」

友人の中でも蓮だけが、圭介と真由の関係を知っている。

「でもこのタイミングで？急に？それはないだろ。」
「そうかなぁ…。」

確かに、式の直前まで玲子はいつも通りだった。
いつものように笑っていたし、まもなく始まる人生においての一大イベントに、興奮を隠しきれない様子だった。

とても楽しそうに見えた。

「やっぱ気のせいか…。」

圭介は複雑な気持ちで、ビールを一口飲んだ。
味なんて全くしない。

「絶対バレないようにしろよ。皆が不幸になる。」
蓮が、怖い顔で言う。

「わかってるよ。」
圭介は頷いた。

蓮もまた、人に言えない恋愛事情を抱えている。この言葉は自身にも言い聞かせているのだろう。

「お話し中、失礼します。」
プランナーの木村が横から話しかけてきた。
「新郎さま、そろそろお色直しのお時間です。」

圭介はゆっくり立ち上がった。

今日はまだまだ長い。気が重い。
早く終わって欲しいとさえ思う。

会場のドアへ向かって歩きながら、圭介は違和感を感じて唇を舐めた。
血の味がする。

誓いのキスの時に、玲子に噛まれた部分だ。

誓いのキス…
玲子にとっては、何かの決意のキスだったんだろうか。

圭介は、背中に悪寒のようなものを感じて少し震えた。