私が大聖女ですが、本当に追い出しても後悔しませんか? 姉に全てを奪われたので第二の人生は隣国の王子と幸せになります

03 二度目の聖女判定

 翌朝リアは貴族の娘にしては少なすぎる荷物を纏め神殿に移り住んだ。

 部屋は相部屋で、最初は神殿の下働きから始まった。洗濯や掃除、食事の支度など、やることはいっぱいある。怒られ叱られながら、仕事を覚えていった。聖女の修行はまるで使用人の仕事のようだ。いや、それよりもずっと忙しいし、給金などない。
 
 また神殿の躾は厳しく、感情をあらわにすると叱られた。罰として食事抜きや、錫杖で打ち据えられることも度々だ。リアは特に神官長のフリューゲルが苦手だった。彼はたいてい不機嫌であるし、意地が悪い。

 忙しい一年が過ぎ、聖女候補たちは適性ごとに振り分けられることになった。

 リアは治癒能力が高く。すぐに治癒魔法(ヒール)を覚えた。
 魔力の無いものから見ると魔法のように見えるが、聖女の遣うものと普通の魔法由来のヒールの間には歴然とした差がある。

 神聖力を必要としない、普通の魔法は簡単な血止めがせいぜいだが、聖女の使うヒールはひどいけがや病気などを短時間に治癒することが出来た。

 ただ強い神聖力をもってしても治せない病気がある。寿命に関わるものだ。神の領域とされて、それには聖女の力も及ばない。
 せいぜい痛みや苦しみを取り除くだけ。しかし、その者の業が深ければ、それすら叶わないこともある。

 それゆえ、この国の貴族は、死に際に己がどう生きてきたかを知ることになる。




 魔導士と違い、古来よりずば抜けた治癒力を持つ聖女は大切にされてきたが、大神官カラムによる先の神託で聖女の地位はさらに高いものとなった。

 神殿には毎日のように、病人やけが人がやって来る。聖女候補ではあるが、リアはしょっちゅう駆り出されてケガや病気の治療に当たった。それが済むとまた掃除や洗濯に戻る。その後は回復薬(ポーション)づくりだ。

 ポーションはこの国にとって他国と取引をするにあたって大切な商品だ。どこの国よりも質が良いものを売り利益を得ている。この国のポーション作りは独特で、他国と違い神聖力を込めるため、大量には生産できない。それが更に値段を吊り上げていた。

 実はこんなに働かされているのはリアだけだった。理由は家からの寄付金がないからだ。貴族の家で、それは珍しい事だった。

「自分の食い扶持を稼げ」と神官長のフリューゲルから言い渡されている。そのためリアは治癒をこなしつつも、神殿の手伝いをする庶民に混じって働いた。

 大神官カラムは慈悲深く、大変な人格者だという。しかし、彼はいま病にかかっていた。寿命なので、誰にも癒せない。彼が公の場に出ることはなくなったことで神殿の実権はフリューゲルが握るようになった。

 ただ、このフリューゲルは、聖女の地位が高くなることが面白くなかった。なぜなら神官の立場が脅かされるからだ。聖女が神官より偉くなるなど考えたくもない。生憎フリューゲルには大神官カラムのように聖女並みの高い神聖力はない。

 もし大神官カラムのご神託通り、護国聖女などあらわれたら、ウェルスム教のトップは聖女になり替わってしまう。
 冗談ではない。聖女など傷をいやす以外いったい何の役にたつのか? 彼女たちはいずれ良縁を得て神殿を去って行く。良縁を結ぶことしか考えていない頭の軽い娘たち。

 彼はつねづねそう考え、心の底から聖女を軽んじてきた。
 しかし、実際は、フリューゲルが聖女たちに礼儀は教えても他の教育はしなかった結果だ。

 聖女がいつまでも神殿に残り、実権を握るなど許されないことだ。強い神聖力を持った聖女など目障りでしかたない。特にリアはいずれ邪魔になる。彼女の治癒力は聖女の中でも群を抜いて強い。異常ともいえる。

 強い治癒力をもつリアを便利に使う一方で、その存在を疎ましく感じる。聖女など毎日の務めさえこなせればよいのだ。黙って言われた通りに働けばいい。それ以上の存在であってはならない。







 十五歳以上になると聖女候補に二度目の聖女判定が行われる。不安定な神聖力がその年齢になると変動がなくなると言われているからだ。

 水晶が光輝けば正式な聖女として神殿に認められる。

 今回最も光輝いたものが、大神官カラムが受けた神の神託の通り、王子の正式な婚約者となる。


 この聖女判定で水晶が光らなければ、還俗することになる。その者は聖女候補から外され実家に帰される。
 それは不名誉なことで、よほど良い家の出てなければ、結婚に不利に働く。なぜなら、聖女教育しか受けていないからだ。
そして、実家が引き取りを拒否すれば、聖女の世話係となる。ようは神殿の雑用係だ。
 

 十五歳になったリアはその日も忙しく神殿で、働いていた。患者を癒すのが主だが、それ以外にも掃除や洗濯がある。だから、リアはいつものように鼠色のローブに身を包んでいた。聖女の白衣の正装など年に一度すればよい方だ。


 今日も手伝いできている庶民に混じって皿を洗っていると、まだ若い神官見習いのレオンがやってきた。

「リア、何をしている。今日は聖女判定の日だぞ。早く大神殿の水晶の間へいけ」

 いきなり、怒鳴りつけられてびっくりした。水晶の間? 今日が聖女判定? そんなこと聞かされていない。

 水晶の間へ行く道々レオンが教えてくれた。今日は特別な日で、十五歳から十八歳の聖女判定が同時に行われる。国王陛下の名代でニコライ王太子も参列しているという。

「この聖女判定で一番水晶がまばゆく光った者が、王太子殿下の婚約者となる」

 そう言えば昔姉のプリシラが言っていた。今の王太子殿下は大神官カラムが受けた神託により、一番神聖力の強い聖女と結婚しなければならないと。

 その大神官カラムも今は治らぬ病に臥せっている。神殿の仕事のほとんどを神官長フリューゲルが取り仕切っていた。

 不機嫌なレオンの後について、広い回廊を抜け、判定が行われるという水晶の間へ慌てて向かう。今日判定があるなど今初めて聞く。誰も教えてくれなかった。リアは少し落ち込んだ。神殿で下働きを手伝う彼女はいつも周りより一段下に見られている。皆によく仲間外れにされていた。


 レオンは少し苦手だ。リアより二年遅く神殿に入ってきたが、侯爵家の三男なので態度が大きく威張っている。リアのことをよく馬鹿にする。彼女の家が神殿に寄付しないからだ。

 それに引き換え彼の家は多額の寄付金を払っている。そのお陰で彼は修業の身でありながら広い個室を与えられ、世話人もいて良い生活を送っていた。
 ときおり街に遊びに出る自由もあると言う。リアなどここにきてから、街に行くことなどなかった。

「まったく信心のない親から聖女が生まれるとは世も末だな」

 彼の言う事にも一理ある。信仰心の深い家庭で育ったレオンからすれば、寄付金なしなど考えられない所業だろう。

「その上、お前の家族は誰も面会に来ないな?」

 痛いところを突かれた。貴族の聖女候補で、家族が神殿に面会に来ないのはリアだけだ。おそらく寄付金を払っていないからきづらいのだろう。生家はとても裕福なはずなのに……。



 水晶の間につくと、すでに神殿の聖女候補20名が勢ぞろいしていた。皆綺麗に化粧をして、正装である白地に銀の繊細な刺繍のある衣をまとっている。

 化粧もせず、髪を振り乱し、聖女候補の作業衣である鼠色のロープ姿を纏った者はリアだけだ。恥ずかしい。慌てて手櫛で髪を整え、聖女候補の最後尾につき俯いた。

 今日は聖女判定の日でもあるが、この国の王太子の婚約者を決める大切な日。

 これは庶民に知らしめるための儀式ではなく、神殿と王族との間で取り交わされる約束のようなもので、正式な発表は儀式終了後に行われることになっていた。


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