その溺愛は後出し不可です!!
帰っていいと言われても……。
時刻は三時。日暮れよりも夜明けの方が近い。電車はとうの昔に動いていない。
昴と一緒にエントランスまで降りてきた果歩は、頭の中で財布にあるお札の数を思い出しげんなりした。
「梅木はどうする?」
「大通りまで歩いてタクシー拾って帰ります……」
アパートまでは電車で五十分ほどの距離だ。もしタクシーで帰ったとしたら一体いくらかかるだろう。これは辛い。
手痛い出費と寝不足を覚悟し、思わずよろける果歩に救いの手が差し伸べられる。
「俺の部屋で仮眠していくか?」
「え!?」
「今から家に帰っても、またすぐに出社しないといけないだろう?俺の部屋に来れば少なくとも四時間は寝られるぞ」
それは果歩の弱みをついた魅力的な提案だった。疲れているのにまた地獄の満員電車に揺られるなんて考えたくもない。
でも、いくらなんでも……。
昴が果歩に全く興味がなくとも、一人暮らしの男に部屋に泊まるとなるとやはり抵抗がある。
返事がなかなか返ってこないことを遠慮ととった昴は「よし」と言って袖を捲った。
「梅木が勝ったら俺が朝飯を奢る。俺が勝ったら梅木に朝飯を作ってもらうおうかな?」
「あ、え!?」
油断しているうちにいつもの掛け声が始まり、つい習慣で右手を出す。……結果は昴の勝ちだった。
「ほら、行くぞ」
昴は問答無用で果歩の手を引いていく。
本当に泊まるの?
果歩は突然のことに戸惑いながらも歩調を合わせ、黙って昴について行った。
本当に嫌ならば断ることだって出来ただろうが。
これまで数々の幸運を果歩にもたらしてきた運命の女神様の託宣とやらにどうやって抗えるというのだろう。