その溺愛は後出し不可です!!
「もうこんな時間!!」
腕時計で現在時刻を確認した果歩は大袈裟に嘆いてみせた。会社の真上だからと身支度にかかる時間も考えずにすっかり油断していた。
「昨日の今日だし、遅刻くらい大目に見るぞ」
「他の社員に示しがつきません!!」
いくら焦ったとしてもエレベーターの速度は変わらない。果歩だってそれくらい分かっている。いつも以上にピリピリしているのは、意味のわからない昴の言動のせいだ。
結婚の話は冗談だよね……?
隣に立つ昴の表情はいつもと同じで、何ら変わったところは見られない。
動揺しているのは果歩だけだ。
そうだ。いくらなんでも結婚までジャンケンで決めるなんてありえない。
朝から質の悪い冗談に付き合わされた挙句に遅刻なんて踏んだり蹴ったりだ。
果歩の眉間に深い皺が刻まれたその時だった。
「果歩」
昴から下の名前で呼ばれなくなったのは一体いつ頃からだったろうか。
梅木と苗字で呼ばれることに慣れた今、なぜ果歩と呼ぶのか。
弾かれたように昴を見上げると、まるで吸い寄せられたように唇同士が重ねられる。
「んっ!?」
密室とはいえ公共の場でありえない。
果歩は驚き目を見開いた。しかし、逃げようにも頭をホールドされている。
待って、離して、という拒絶の言葉も全て吐息に変わっていく。
エレベーターが一階に到着するまでのほんの数秒の出来事。
果歩はただただ昴のキスに踊らされ、夢中になって喘いだ。