円満夫婦ではなかったので

「ねえ、無視しないでよ!」

甲高い声が耳障りだ。

「いちいち叫ばないでくれ。それで何の用なんだ?」

「長くなるから部屋で話そうよ」

「それならリビングで待ってろ。すぐに行く」

「ええ~面倒だよ。清隆の部屋でいいでしょ?」

わざとらしく頬を膨らます希咲を、名木沢は睨みつけた。

「お互いの部屋には入らない契約だろ?」

「まだ、そんなこと言ってるの?」

希咲が、はあと大袈裟に肩をすくめる。芝居がかった馬鹿にしたような態度に不快感が更に増す。

「結婚時の契約すら守らない気か?」

希咲は時間が経つにつれて、なあなあで済ませるつもりのようだが、名木沢にそのつもりは一切ない。

「分かってるよ。私たちは愛のない契約結婚。お互い干渉はしないし、させない。でしょう?」

「そうだ。だから部屋に勝手に入ろうとしたり、俺を監視するような真似はするな」

希咲が今日に限ってこれ程絡んで来るのは、園香と会っていたことに気付いた可能性がある。

「監視って酷いなあ……夫の行動が気になるのは妻なら当然じゃない。契約結婚でもだんだん情が湧いてきて、本当の夫婦になったりするケースもあるんだよ?」

「俺たちに限ってそれはない。分かってるだろ?」

よく知らない者同士が、条件付きで夫婦になった訳じゃない。

名木沢と希咲が初めて会ったのは二十年以上前で、お互いを知るには十分な時間が流れている。
そのうえで夫婦として愛し合うことは出来ないと判断し、条件付きの結婚をしたのだから。

「はあ、清隆は本当に頑固」

「……話があるなら早くしてくれ」

これ以上、彼女の会話に付き合うつもりはない。

「もう、せっかちなんだから」

彼女はそう呟くと、表情を消して、名木沢を見据えた。

「あの人と何を話していたの? まさか離婚したいなんて言わないよね?」

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