円満夫婦ではなかったので
暗い気持ちに陥りかけた園香は、目を瞑り冷静にと言い聞かせた。

(瑞記のことを何も知らないから、悪く受け止めてしまうのかもしれない)

これではよくない。

早急にふたりでゆっくり話す機会を作らなければ。彼に期待出来ないと感じているからと言って、ここで距離を置いてしまったら、この先夫婦として過ごすのは無理だ。

覚えていないとはいえ、自分が決めた相手なのだから努力しなくては。

ひとり決意を固めていたそのとき、バッグに仕舞っているスマートフォンが、思わずびくりとしてしまう程に大きな音を立てた。

園香は慌ててバッグのファスナーを開ける。

「さっき触ったとき音量を上げてしまったのかも」

ボリュームを下げながら画面を確認する。その瞬間園香の心臓がどきりと跳ねた。

「瑞記……」

つい声に出すと、彬人が気付いて心配そうな顔をする。園香はスマートフォンを耳に当てた。

「……はい」

『園香、今どこだ?』

瑞記こそどこにいるのだろう。周囲の騒音が酷くて声が聞き取り辛い。

園香は耳を澄ましながら返事をする。

「マンションに向かってるところ。荷物の確認をしたら実家に帰る予定だけど。瑞記は仕事中なの?」

『仕事が落ち着いたから今から僕も家に向かうよ』

「え? でも今日は帰れないって」

『だから思ったより早く終わったんだよ。今、タクシーで来てるんだよな?』

「いえ、車で送って貰ってるんだけど」

まくし立てるような瑞記の発言に、園香は返事をするので精一杯だ。

『お義父さんも一緒なのか?!』

瑞記の声が動揺したように上擦った。

「いえ、父じゃなくて、仲のいい親戚に……」

彬人の名前を出していいか一瞬迷い前を見ると、園香の言葉を聞いていた様子の彬人とミラー越しに目が合う。彼がこくりと頷いた。

「白川彬人さんなんだけど」

『彬人と?』

瑞記は今度は驚いたような声を上げた。

(名前を呼び捨て? 彬人が言ってたより仲がいいのかな?)

『まあいいや。じゃあ部屋で待ってるから。少し時間がかかるかもしれないから彬人も来て貰っていいよ』

「……分かった」

瑞記のペースで会話が始まり終わってしまった。

「富貴川は何て?」

「それが、急に帰って来るって言い出して」

彬人の質問に、園香は曖昧に言葉を濁す。

「話があるのかもしれない。時間がかかりそうだから彬人も部屋に上がって貰ってって」

「……分かった」

彬人は不審そうにしながらも了承してくれた。

(でも、瑞紀はどうして急に気が変わったんだろう)

仕事が忙しいと、スケジュールの調整をする気配すらなかったのに。仮に予定していた仕事がなくなったとしても、園香にその時間を使いそうもなかったのに。

疑問を抱えながら事前に知らされていた住所を頼りに自宅に向かう。

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