エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
「それに俺が誤解させたのが原因だろ。菜摘の服装に問題があるわけじゃない。ただこれからは面倒な付き合いが多くなる。そんなときに服装ひとつであれこれ口を出してくる輩もいるんだ。他の奴から言われるよりも俺から言っておいた方がいいと思ったが、言葉がたりなかった。すまない」

「え、そうだったの? じゃあ私が早とちりしたのが原因だったのね。言葉の意図も考えずに、怒ってしまって。浅はかでした」

 菜摘は清貴に頭を下げた。

「なぁ、菜摘」

 彼の問いかけに頭を上げ、視線を向ける。

「訳ありの結婚だが、俺たちは夫婦になった。これからここでの生活もはじまる。思うところはあるだろうが、お互い歩み寄る努力をしないか?」

「清貴……」

 彼は彼なりに、この割り切った結婚について考えてくれている。そう思うと不満や不安ばかり胸に抱いている自分が情けなくなった。

「うん、できないことも多いけど、努力する」

 強い気持ちを持って彼の目を見て伝えた。清貴はそれに応えるように頷いた。

「だったら、仲直りにこれを受け取ってくれ」

 清貴が渡してきたのは、さっきのショップの袋だった。中を確認すると菜摘が一番気に入ったクリーム色のワンピースが入っていた。

「これ、いいの?」

「これくらいで機嫌が直るとは思ってないが、一番似合っていたから」

 ちゃんと画像を見て、彼が選んでくれたのだと思うと、手の中にあるワンピースが余計に特別なものに思えた。

「ありがとう、うれしい。私もこれが一番気に入っていたの」

 自然に浮かべた笑顔に、彼も笑みを返した。

「そうか」

 笑みを浮かべたままの清貴の手が伸びてきて、思わず目を見開いた。しかしその手は菜摘に触れる手前で止まり、そのまま彼は腕を下ろした。

 昔のように前髪をクシャッと撫でられるかもしれないという予感がしたが、それは気のせいだったようだ。

「俺は仕事があるから、菜摘は適当にして。冷蔵庫の中も好きにしていいから」

「う、うん」

 書斎件寝室に消えた彼の背中を見送り、盛大な勘違いをして恥ずかしかった菜摘は、言われるままにキッチンに向かう。

 そして何気なく冷凍庫を開けた瞬間に驚いた。

「何、これ……うそ」

 そこにはぎっしりと菜摘の好きなバニラアイスが並んでいた。昔も喧嘩の後に清貴が菜摘の機嫌を取るためによく買ってくれたものだ。

(覚えていてくれたんだ!)
 慌てて振り向くけれど、彼はもう自身の部屋へ入ってしまっている。

 胸の中に甘いときめきと、切なさが沸き上がってきて思わず胸のあたりに手を置いた。真面目で不器用な清貴の「ごめんね」の気持ちが痛いくらいに伝わって来た。

「こんなに食べたら太っちゃうじゃない」

 満面の笑みを浮かべながら、ひとつ手に取り、食器棚からスプーンも取り出す。ダイニングテーブルに座ってひとさじ掬い、口に運ぶ。

 クリームが口の中でとろけて、甘くて冷たい。

 バニラアイスを食べ終わるころには、不安で仕方なかったこの結婚生活を少しは前向きにとらえられるようになっていた。
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