エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
 しかし彼は「おやすみ」と声をかけたあとそのまま目をつむってしまう。

(どういうこと? しないの? もしかして忘れてる?)

 予想外の展開に頭の中で様々な理由を考える。しかしどれもしっくりこなくて眠れるわけもなく菜摘は身じろぎや寝返りを繰り返した。

「眠れないのか?」

 さすがに隣の清貴も気が付いたようで尋ねてきた。

「ごめんね、起こした?」

「いや、まだ寝てない。それよりもどうかしたのか?」

 清貴に聞かれて、理由を言うかどうか迷った。しかしこのままではどうも眠れそうになかったので、勢いに任せて尋ねた。

「あの……今日は……その、あの、しないのかなって。もしかして忘れてる?」

 羞恥心に耐えて聞いてみ炊けれど、恥ずかしくて目があちこち泳ぐ。これでは菜摘がすごく期待しているように聞こえそうだったからだ。

 「ああ、そのことか」

 彼も忘れていたわけではないようだ。

「今日は菜摘の誕生日だ。こんな日まで義務を果たそうとしなくていい。俺にだってそのくらいのやさしさはある」

 彼も気を使ってくれていたのだ。そのやさしさを素直にありがたいと思うと同時に。やはりふたりで抱き合う行為は義務だと彼も認識していることがわかって落ち込んだ。

(やさしさが逆に悲しいなんて、なんだか切ないな)

 誕生日くらい義務の行為はしたくないと思っていたのは事実なのに、清貴といると自分がどんどんわがままになっていく。

 本当の気持ちで求めてほしかったなんて、ないものねだりをしているように思えてならない。

(誠実さに感謝しなくちゃ)

「色々考えてくれてありがとう。素敵な誕生日になった」

 色々胸が痛いこともある。しかし清貴が菜摘を心から祝ってくれたことは事実だ。それだけでも贅沢なことなのだからと改めて彼に感謝する。

「ほらもう遅い時間だから目をつむって」 

 清貴はそう言うと、菜摘の体に布団をかけてそのうえから軽く抱きしめてきた。

 心地よい彼の重みを感じたことで、菜摘はやっと眠りにつくことができた。

 そして眠りにつきながらろうそくを消しつつかけた願い事を訂正する。

(目が覚めたら、少しだけでも彼が私を好きになってくれていますように)

 誕生日の日くらい、自分の思うままに願いたかった。菜摘の正直な願いは、ただそれだけだった。

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