理性的な姫とクールな王子様

1. 初めてのカクテルと彼との出会い

 枯葉が散り、冬の訪れを感じ始める

 11月初旬頃。

 情緒溢れるネオン街の一角に

 煉瓦色のレトロな雰囲気のバーが佇んでいる。

 その店の中に入っていく、一人の若い女性。

 彼女は薄い茶色のコートを羽織り、

 栗色のつややかな髪を靡かせている。

 
 店内の中は薄暗く、心地よいジャズの音楽

 が流れ、店内に所々ある淡いライトが

 夜のムードを漂わせている。

 
 彼女は周りを見渡しながら、

 右端のカウンターの席に座った。

 「いらっしゃいませ」

 カウンターからバーテンダーらしき、

 黒い制服を着た30代くらいの男性が

 声をかけた。


「何になさいますか?」

「えっと…おすすめのカクテルをお願いします」


 女性はメニューは見ずに、興味ないような表情

 で変わらず、周りをキョロキョロ見ている。


 「かしこまりました。
 
 今日のお客様へのおすすめは

 テキーラ・サンライズでございます。

 テキーラ、オレンジジュース、

 グレナデンシロップをミックスした

 カクテルですが、こちらで

 よろしいでしょうか?」

 「はい、それでいいです」

 
 バーテンダーは注文を受けると、すぐ、

 カクテルの準備に取りかかったが、

 彼女は誰かを探しているかのように、
 
 周りを注意深く見渡し、

 バーテンダーには目も向けない。


 女性の名は塔野 明南(とうの めいな)

 栗色の髪に、目鼻立ちがはっきりした

 いかにもお嬢様という風貌の女性だ。


 「あっ、いた!」
 
 明南が急に席を立ち始め、

 奥の席に座っているカップルのところに

 急ぎ足で、歩き始めた。

 「お姉ちゃん、やっぱりここにいた…」

 「明南、なんでここに…」

 黒髪のショートカットで背のスラっとした

 20代くらいの女性は

 突然、思いもよらぬ人物に

 声をかけられ、自分の席から急に立ち上がった。


  横には中性的なラフな格好の

  若い男性がカクテルを飲みながら、
  
  座っている。

 「お姉ちゃん、この人は誰?

  まさか、武橋さんじゃなくて、
 
  彼と?」

  明南は姉の相手が不釣り合いな相手と

  知り、姉、美南(みなみ)に詰め寄った。
 
 「明南、言ってなかったけど、

  今、彼と付き合ってるの。

  武橋さんとはお見合いしただけの関係よ。

  私の好きな人はこの人よ」


 「でも、私たちは両親が決めた相手と

  結婚するって決まってたじゃない、

  お姉ちゃん、最近、様子がおかしいから

  誰かいるんじゃないかと思ったけど…

 「親の決めた相手なんて、私は嫌よ。

  心配しないで。

  お母さん達には私から説明するから。

  そうだ、紹介するわ。
 
  彼が岩下 葵(いわした あおい)くん」
 
 
  紹介されると、彼はすぐ、会釈し

  ペコぺこしながら、明南に挨拶する。

 「はじめまして、岩下葵です。

  明南さんのことは美南さんからよく

  伺ってます。3ヶ月前から美南さんと真剣に

  お付き合いしています。

  あっ、これから、どうぞ、

  よろしくお願いします」

  「あっ、はい…」

  明南は会釈して、ただ一言返事をした。
  

  ただ、いかにもひ弱そうな年下男子とい  
 
  う感じの、子犬みたいな男性が姉の彼氏

  だと言われて、明南には到底理解が

  できなかった。

  姉はこういうタイプが好きだったのか。

  あの才色兼備のかっこいい、申し分のない

  お見合い相手を断ってまで、

  こんな男性的な風貌とはかけ離れている
  
  子犬みたいな男子を選ぶ
 
  なんて、姉はどうしちゃたんだろう。

  明南がぼーっと、一点を見つめながら、
  
  思いを巡らせていると、後ろから

  だれかが呼ぶ声がして、振り返る。

 「お客様、カクテルの用意が出来ております」

  あっ、そうだ、注文してたんだった。

  明南はそのバーテンダーに会釈して、

  申し訳なさそうに返事をする。

 「すみません、すぐ行きます」

 「じゃあ、お姉ちゃん,話はまた今度ね。

  ゆっくり聞くね!」

 「えっ、明南、お酒飲めたの?
  
  一人で、バーに来るなんて…

  もうそろそろ帰るから、

  私たちと一緒に帰りましょう」

 姉の過保護ぶりにいつもなら、

 黙って聞くが、隣にいる子犬の彼氏が一緒

 となれば、従うわけにはいかない!

 しかも、私たちとって彼氏付きで言うなんて、

 姉を取られたような嫉妬心も芽生え、

 明南は大人ぶって、反論した。

「もちろん、飲めるわ。

 もう、21歳よ!カクテルなんて、

 朝飯前よ!お姉ちゃん達は帰って大丈夫。

 私は大人の時間を楽しむから。

 とにかく、お母さん、お父さんに
 
 早く、説明してね」

「じゃあね!」

 台風のように、去っていく妹を

 心配そうに、見る美南。

 せっかく来たのだから、もったいないと

 さっきいたカウンターの席に戻り、

 差し出されたカクテルを見入る明南。

 カクテルのグラスには一切れのオレンジが

 のっており、綺麗な朝焼けのような淡い

 オレンジ色のカクテルが明南の瞳にきらきら

 映る。カクテル、初めてだけど、こんなに

 綺麗な色なのね…

 姉の彼氏の衝撃をお酒で掻き消そうと、

 グイッとカクテルを口に入れる。

 フルーティで程よい甘味が口に広がった。

 カクテルって意外に飲みやすいんだ。

 明南はこれなら、飲めると
 
 続けて、飲み始めた。

 カクテルの味を味わいながら、

 姉の言葉がフラッシュバックした。

 「私の好きな人はこの人よ」

 とはっきり、口にする、姉の

 キラキラした目、ゆるぎない自信あふれた

 表情。そこには明南の知らない、

 姉、美南がいた。

 深いため息をしながら、カクテルを見つめる。

 明南の様子を見ていた、黒服の茶髪の

 バーテンダーが声をかけた。

 「お客様、どうかされたんですか?」

 「えっ?」

 「憂鬱な表情されてるから…」

 「店員さん、真剣に人をずっと好きで
  居続けれる人っていると思いますか?」

 「そうですね…
  
  人にもよりますけど、

  そういう人もいると思いますよ」

  その爽やかなバーテンダーは

  にこやかな笑顔で言った。


 「そうですか、そんなの私はまやかしだと

 思いますけどねぇ…」

 
 そのバーテンダーと少し、

 話し始めたところに、会話を遮る声が

 聞こえてきた。


「明南、カクテル、本当に飲んでるの?

 強くないでしょう?

 体弱いのに、一緒に早く帰るわよ」


 姉、美南だ。

 横に彼氏を連れて、強引に、明南の

 腕を引っ張り、連れて行こうとする。


「お姉ちゃん、体弱かったのは子供の頃よ

 もう、私は大人よ」


 明南は彼氏を連れて、自分までも

 強制的に帰らせようとする姉に力強くで

 抵抗する。

「店員さん、この子の分もお会計お願いします」
 
 「お客様まだ、飲み終わってませんが、
  
  大丈夫ですか?」

 「大丈夫じゃないです。店員さん、

 私はこのカクテルを味わってからでないと、
 
 帰りませんので」

 「でしたら、会計はまだですね?」

  
  美南がまだ、明南の手を離さず、

  納得のいかない表情で私を怖い目で見つめ、

  勢いよく、反論しようとした瞬間、

  誰かの携帯が鳴った。

  プルル…

 「はい、岩下です。

 すみません、今から向かいます」

 姉の彼氏の携帯だった。

 「みなちゃん、ごめん、もう行かないと」

 「あっ、そうだったね…」

 強く握られ、少し赤くあざのようになった

 明南の手から姉の手が離れていく。

 「じゃあ、明南、一旦、帰るけど、

 何かあったら、必ず電話するのよ」

 
 あんなに妹を帰らせようと必死になってた
 
 姉が彼氏の一言で、あっさり、帰っていく。

 明南は内心、半分、呆れながらも、
 
 美南に「はい、はい、じゃあ、気をつけてね」
 
 とぶっきぶらぼうに言い、手を振った。

 下っ端の後輩みたいな立ち位置にいた

 美南の彼氏も別れ際、

 ペコっと明南にお辞儀を

 して、会計をすまし、二人で、店を後にする。

 
 一部始終を見ていた、バーテンダーは
 
 くすくす笑い、明南に再び、話しかける。

 「先ほどの話、あの二人の話のようですね…」

 
 「やっぱり、分かりますか?
 
 姉は一時の感情に流されてるだけ

 だと思うんです。

 しかも、妹より彼氏を優先する

 なんて、今までの姉には考えられなかった

 ことですし…」

  明南が、冷静に愚痴をぽろっと

  溢していると、新しい客がカンター席に

  座り始めた。

  「ちょっと、失礼します」

   彼は新しい客を見るとすぐ、

   明南との会話を中断し、

   忍者のように、機敏な動きで、

   ささっとその客のところに移動した。

   明南から横顔がはっきり、見える位置に

   いるその客は若い短髪の20代くらいの
   
   男性のようだった。

   知り合いのように二人は会話をしている。


   男の客は自分と同じくらいの歳だろうか。


   高そうなグレーのスーツに
 
   縦のボーダーのシャツを着て、右腕に

   高そうなシルバーの時計を

   ちらつかせている。

   やっぱり、バーってこういう

   高級感溢れる人が来る場所なのだろうか。


   しかし、姉の彼氏はここに似合わない

   ラフな格好でしかも、子犬感丸出しだった。

   姉も私と同じ、安全な、ルールに外れない


   道を行くはずだって、信じて疑わなかった

   のに。

   なぜ、あんな男の人に心を

   奪われたんだろう。

   
   明南はモヤモヤした気持ちで

   葛藤しながら、思いを巡らせていた。

   残りのカクテルも飲み干し、

   トイレに行こうと、席を立つ。
   
   何メートルか先に少し歩いたところで、

   何かにぶつかり、転びそうになる。


   なんとか足で抑え、転ばずに済んだが、

   目の前に誰かの靴が見え、踏みつけていた

   のに気づく。立ち上がると、さきほど

   あの店員が対応していた若い男が明南
   
   の目の前にいる。

   
   鋭い目つきの痩せ型だが、男らしい体型の
   
   男性がこっちを見ていた。

   「すみません」

   「いいえ、大丈夫ですか?」


   「はい、ちょっとふらっとしただけです」

   「あの、額に血が出てますよ」

    「えっ、そうですか?」

    
    額の血を手で触り、確かめる。


    本当に、 手に血がベタッ
    
    と付いていた。
 
    「ありがとうございます。
     

    トイレに行くので、大丈夫です」

   

    その男性はティッシュを取り出そう

    としたが、素早い明南の行動に

    阻まれ、ティッシュをまた、

    ささっとバックの中に直した。

    明南が戻ると、あのバーテンダーが

    心配そうな面持ちで待っていた。

    
    席に座ろうした時、背後から

    さっきの若い男の人が明南に近づき、

    ポケっとティッシュと明南が落とした

    マフラーを持ってきた。

    「これ、落ちてました。

     あと、ティッシュ。」
    
   
    ぶっきらぼうに差し出されたティッシュ

    とマフラーを受け取る明南。

    
     「ありがとうございます」

    ちょっとぶっきらぼうだが、

    いい人みたいだと思い、
     
    明南は肩をなでおろした。
   
    マフラーを落とす。落としたこと

    にもきづかなかったのだった。
     
    あのバーテンダーがその若い客

    に声をかけた。

    「優哉もここに座ってくれ、

     さっきのとこ、床拭いて

     もらってるから」


   見ると、明南が転んだところは、

   別の店員が床掃除しているところ

   だった。
   
   「すみません、ご迷惑かけました」


   「いえ、気にしないでください。

    傷大丈夫ですか?」

    「はい、大丈夫です」


   先ほどの若い男の人は明南の隣の隣の

   席に座り始めた。

   どうやら、このバーテンダーとは

   親しい間柄のようだ。

   「そういえば、お姉さんのことは

    お酒で気が晴れましたか?」

    
    「あっ、はい、大丈夫です、
     
     すみません、愚痴を言って

     しまいました。」

     
   彼は明南を励ますように、

   優しく、微笑み、語りかける。

   「仲良い姉妹であっても、

   なかなか、分かり合えないことあります  

   よね。恋愛は基本、予測不能なもの
   
   ですからね」

   
  「なっ、優哉(ゆうや)?」

   彼はその若い男性の客に目をやり、

   話しかけた。
 
   話を聞いていた優哉という男性は
   
   「う,うん、そうだな」
    
   と答える。


   「あつ、この人は私の弟のような者なん

    です。」


  「そうなんですね…」

  「優哉、お前もあるか、

   恋は盲目ってやつ?」


  「ふっ、あるわけないよ。

   人間って自分だけが大事だからな。

   みんな、恋に溺れるふりをしてるだけだよ。

   ふりするのは簡単だしな」

  「優哉、お前ってやつは…

   ははは、明南さんでしたっけ?」

  「あっ、はい。

   理解できないことも世の中には

   たくさんありますけど、

  自分の好きな人を受け入れる勇気

  も時には必要だと思いますよ」

 「あっ、ありがとうございます」

  このバーテンダーさんはいい人だけど、
 
  この若い男の人は感じ悪いなぁと

  明南は思ってしまった。

  しかも、なんか、怖い目つきというか

  寂しい目をしている。


  ビー玉見たいな綺麗な目をしているのに。

  バーテンダーが、別のお客の接客で移動する
 
  と、沈黙が続いた。

 
  明南は思い切って、その優哉という男性に

  声をかけてみた。

  「あのっ、席も移動させて、

   いろいろご迷惑かけて、すみません
    
   でした」

   「別に…たいしたことありませんので」

    優哉は明南のことをちらっと横目で

    見ながら答えた。

   「余計なお世話かもしれませんが、

    あまり、人を理解して、信じよう

    としない方がいいと思いますよ。

    人間は家族であっても、内面何考えて 

    るか分からない生き物ですから」
 
   「ははは、そうですね」

   明南は優哉に冷たい人という印象

   を拭えず、店員に差し出された、

   お水をグイッと飲み干した。

   なんだろう、何か、感じの悪い人だ。

   心の中で、ぼやきながら、

   もう帰ろうと席を立った。


  「では、私はこれで…」

  「はい、おでこ、お大事に」

  「あっ、はい」

  明南は優哉に会釈をして、会計を済まし、

  店を出た。
    
  今日は不思議な夜だったな。

  明南はほろよいの気分で、

  眩しいほど、美しい、吸い込まれそうな
 
  空の満月を見て、物思いに浸る。

  外では綺麗な満月がお店の活気を後押し

  しているかのように眩しい輝きを放っていた。
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