私を愛するその人は、私の向こうに別の女(ひと)を見る
「僕もさ、男だし恥ずかしいってのもあって、アリサの話、ちゃんと聞いてあげられなかったんだ。後から知ったんだけど、アリサは保健室でナプキンもらってきてた。けど、それもいじめっ子に隠されたりして、毎日ショーツを汚して帰ってきてた」

 思春期に独りぼっちだったアリサさんと自分が重なって、思わず涙がこぼれた。
 アリサさんは、もっと思い詰めてたんだ。
 私なんかよりも、もっと……。

「女物の下着もさ、叔父も僕も分からないし、恥ずかしいからって理由で、本人に買いに行かせてた。アリサが叔父に言うの恥ずかしいって言うから、僕が欲しい物がある、とか、参考書買いたい、とか、適当な理由つけて叔父にお金もらってさ。それをアリサに回してた。それで、僕は“いいお兄ちゃん”でいたつもりだった」

 充分、いいお兄ちゃんだと思った。
 ひとりでも、寄り添ってくれる人がいたら、私だって違ったかもしれない。

 それなのに。

「でも、その金巻き上げられてる可能性まで考えてなかったんだよ。下着も盗まれてるなんて、思わないだろ? それで……アリサは、自殺した。あの紙を、残して」

 瑞斗さんはテーブルに頬杖をつき、どこか遠くを眺めた。
 きっとそこに映っているのは、その日のアリサさんだ。

「僕は、男だってだけで、恥ずかしいってだけで、女の子のこと理解するの拒んで、アリサに寄り添えなかった」

 瑞斗さんは後悔してるんだ。
 あの日のことを。アリサさんの気持ちに、寄り添えなかった、自分を。

「生理って、命を繋ぐための、奇跡なんだよね。あの頃の僕は、それに気づいていなかった」

 だから、さっきはあんなに怒ったんだ。
 だから、瑞斗さんは私に『汚くない』だなんて、叫んだんだ。

「だからね、僕は、彼氏として、男として、紗佳にはちゃんと寄り添いたいんだ」

 瑞斗さんは不意にこちらを見た。
 その顔が、今はもう優しい笑みに戻っていた。

 けれど、それは、私の胸を余計に抉る。
 やっぱり、瑞斗さんは、アリサさんを私に重ねていたんだ。

 袖で涙を拭いた。代わりに、握りしめた拳が震えた。

 アリサさんは、元カノじゃ無かった。
 でも、彼の大切な人に代わりはない。

 むしろ、妹と重ねられた私。
 そっちのほうが、残念すぎる。
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