六〇三号室の女
呼び鈴の音で、まどろみから引き戻された。
あれから少しの間うたた寝をしたらしい。
俺はソファーから身を起こし、伸びをしながらドアに向かった。
これから抱く女をお目にかかる瞬間ほど興奮する時はない。
俺は胸を躍らせてドアを開けた。
昨夜の女が立っていた。
「う……あ……」
昨夜と同じ黒一色の格好だ。
派手にメイクアップされた女の顔を凝視したまま、俺は全身を硬直させた。
「来てあげたわよ」
妖艶な笑みを浮かべて女が言った。
どことなく爬虫類を思わせる目つきだった。
「すまん、チェンジ――」
言うがいなや、俺は女に突き飛ばされて尻餅をついてしまった。
女は素早く部屋の中に入り込み、後ろ手でドアの鍵を閉める。
俺は尻を擦りつけながら後じさりし、蚊の鳴くような悲鳴を上げた。
なんだこれは……
俺は殺人鬼を呼んだ覚えなんかないぞ。
美人なら殺人鬼でもいいなんてことは断じてない。
夢なら早いとこ醒めてくれ。
女は腕組みをし、獲物を見つけた食虫花のような顔で俺を見下ろしていた。
どう見ても人殺しの顔だ。
「待て。ちょっと待ってくれ」
制するように片手を前に出し、俺はゆっくりと立ち上がった。
その間、急速に思考を回転させる。
刺激するのはまずい……
当たり障りのない会話で時間を稼ぎながら逃げ道を作る……
そうだ、先にシャワーを……
「どうしたのよ? 情けない顔して」
女が嘗め回すように俺を見た。
「ど、どうもしないさ」
精一杯の笑顔を作って答えたつもりだったが、きっと上手くいかなかっただろう。
女が部屋の奥を顎で示した。
部屋の奥に戻れという指示に違いない。
下手に逆らうのは危険と判断した俺は、女に背を向けることなく慎重に移動した。