六〇三号室の女
俺はソファーのところまでよろよろと歩き、和果奈の向かいに腰を下ろした。


「……どうして俺を殺した?」

和果奈はかっと目を見開いた。

「認知しなかったからに決まってるでしょ」


ああ……

ガキができたって喚いてたな、そういえば……


「なに? なんか文句でもあんの加賀見さん」

「いや……ない」

死んだという実感がまったく湧いてこなかった。

悔恨の情にかられることも、和果奈への憎しみがこみ上げることもなかった。

死んでしまったものは仕方がない。


「ところで……和果奈はどうして死人の俺と話せるんだ?」


「あたしも死んでるからよ」


和果奈は身体を仰け反らせ、勝ち誇るような顔で言った。

「加賀見さんを殺してから後を追ったのよ。ねえ、ユウタ?」


不意に背後から赤ん坊の泣き声が聞こえた。

振り返ると、ベッドの上に赤ん坊が寝ていた。


ずっとそこに居たような気もするし、突然現れたような気もする。


和果奈は立ち上がってベッドのところへ行き、赤ん坊を抱え上げた。

和果奈があやすと赤ん坊はすぐに泣き止んだ。

「ユウタっていうの。可愛いでしょほら」

俺はユウタの顔を覗き込んでみたが、特に感慨が湧くこともなかった。

目元が俺にそっくりな気がしないでもない。


「よかったねえ、ユウタ。これからは親子三人水入らずで暮らしていけるのよ」

和果奈は、慈愛に満ちた優しい眼差しをユウタに向けていた。


今までに一度も見たことがない、

幸せそうな顔だった。



ふむ。

この六〇三号室が新居になるというわけだな……




うんざりだった。



(了)
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