乳房星(たらちねぼし)〜再出発版

【愛と言う名の勇気】

時は、2月26日のことであった。

B班のメンバーたちはプリンスエドワード島で、CとDの2班のメンバーたちはヨーロッパでいつも通りに班ごとの活動を続けていた。

A班のメンバーたちは、ニュージーランド北島のタウポの関連会社のオフィスビルの個室でお仕事をしていた。

この日、A班のメンバーたちに突発事件が襲いかかった。

南米チリで大規模地震が発生した。

震源地はチリ海溝とペルー海溝…

マグニチュードは8以上…

最大震度は112ガル(震度7)相当の揺れだ…

チリとペルーに大津波警報が発令された。

午後2時過ぎに、ハワイの太平洋津波警報センターから電話が入った。

ニュージーランドの太平洋沿岸にも津波警報が発令された…

到達予想日時は2月27日の午後2時頃である。

私たちは、ニュージーランド国内にいるスタッフさんたちと連絡を取りながら情報収集を始めた。

ニュージーランド国内にある住まい・オフィスビル・工場・店舗・リゾートは、海岸からうんと遠くにあるので無事であった。

ニュージーランド沿岸の津波の高さは数十センチであった。

しかし、数十センチの津波でも人が流されるリスクはきわめて高いので非常に危険である。

ニュージーランド国内は無事であった。

世界規模の津波警報注意報は3月1日にすべて解除された。

しかし、その翌日から地獄の日々が始まった。

日付が変わって、3月2日深夜0時過ぎのことであった。

デスクの上には、分厚い帳簿が山積みされていた。

固定電話とケータイの着信音がジャンジャン鳴っているのに、電話に出ることができない…

チリとペルー方面の取引先の会社が大地震と巨大津波によって壊滅的な被害を受けた…

…と言うことは、売り掛け金やリース料などが回収できなくなる。

たいへんだ…

一刻も早く代金を回収しないと…

イワマツグループ全体が危機的な状況におちいってしまう…

A班のメンバーたちは、必死になって災害対応にあたっていた。

私自身も、ソートー頭に来ていた。

(ジーッ、パチパチパチパチパチパチ…)

私は、ソロバンを使って被害が出た取引先の会社の売掛金帳簿《うりかけきん》を計算していた。

この時、私の顔が真っ青になった。

たいへんだ!!

2009年2月から先月までの間にナミビアのダイヤモンド鉱山の採掘権のリース料が未納になっている…

もうアカン…

ガマンの限界や…

私は、思わず怒号をあげた。

「おい!!たいへんだ!!」
「ヨシタカさま、どうかなさいましたか?」

私の怒号を聞いたウェンビンさんとたつろうさんが、私のもとへやって来た。

「リマ(ペルーの首都)のダイヤモンド研磨工場が去年の2月頃から採掘権のリース料を1ドルも払ってない!!」
「そんな…」
「なんてこった…」
「ヨシタカさま。」
「このままでは、1セントも回収できなくなる…こないなったら、チリ・ペルー方面の取引先の会社の帳簿を全部調べまくろう!!…他にも、リース料等を払ってへん会社があるかもしれんぞ!!」
「分かりました!!」
「さっそく帳簿を調べてみましょう!!」

大番頭《おおばんと》はんは、ジタバタしながらミンジュンさんを怒鳴りつけた。

「ああ、えらいこっちゃ〜…どないしたらええねん…ミンジュンさん…ミンジュンさん!!」
「(ボンヤリ顔で)はい?」
「寝ぼけてはる場合じゃおまへんねん!!ヨシタカさんが帳簿持ってきてと言うてまんねん!!」
「えっ?」
「はよしなはれ!!」
「すみません!!」
「リチャードさんもぼんやりせんとはよしてや!!」
「分かりました!!」

このあと、A班のメンバーたちは怒号をあげながら事後処理にあたった。

それから4週間後に、事態が少し落ちついたので少しは休める…と思っていたが、そこへまた非常事態が発生した。

4月中旬頃であったが、アイスランドで火山噴火が発生したニュースを聞いた。

噴火した火山は、レイキャヴィークからうんと離れている地区にあった。

火山の周辺の地区に住まい・オフィスビル・店舗・工場・リゾートはないので無事であった。

しかし、噴煙がヨーロッパ一帯に拡散した。

たいへんだ!!

噴煙によって、ヨーロッパ一帯の空の物流網が寸断された…

どうしよう…

私は、インターネットを立ちあげたあとヨーロッパの気象局のホムペを開いた。

パソコンの前に、ヨーロッパ全土の白地図とソロバンを置いて24時間ごとの噴煙の流れを調べた。

予測できるのは120時間先まで…

まず、気象衛星『ひまわり』が撮影したヨーロッパ全土の衛星写真をひらく。

次に、アイスランドの火山から噴き出た噴煙と重ねる。

それをもとにして、動画を動かす…

(ジーッ、パチパチ…)

次に、ソロバンを使って噴煙の流れを計算した。

この時、私の顔が真っ青になった。

「アカン!!どないなってねん!!」

私の怒号を聞いたウェンビンさんとミンジュンさんが、私のもとにやって来た。

「どうしました?」
「もういっぺん計算してみる!!」

私は、もう一度120時間先まで動画を動かしたあと、ソロバンをはじいて計算してみた。

しかし…

「アカン…計算が合わない…どないせえ言うねん…」

私は、泣きそうな声で言うた。

ウェンビンさんとミンジュンさんは、私になにがあったのかとたずねた。

「どうしました?」
「南下してこないよぅ~」
「南下してこないって…」
「偏西風が南下してこんけん困っとんや!!」
「偏西風が南下してこない…」
「偏西風が南下しないと、ヨーロッパの空の物流網が寸断された状態が長びいてしまうよぅ〜」
「えっ?」

ミンジュンさんは、キョトンとした表情を浮かべているウェンビンさんに怒った声で言うた。

「そのような状態が長引いたら、経済損失がさらに大きくなるのよ!!」
「えっ?どう言うこと?」
「ウェンビン!!ひまわり(気象衛星)の画像をよーく見てよ!!」

ミンジュンさんは、ひまわり(気象衛星)が撮影したヨーロッパの地図と私が記載したヨーロッパの白地図を使ってウェンビンさんに分かるように説明した。

この先の見通しでは、数日間偏西風が北寄りに居つづける…

今のところ、ヨーロッパ方面に偏西風が南下する見込みが立っていない…

偏西風がヨーロッパに南下すれば、噴煙は取れる…

しかし、偏西風が同じ場所にいつづけた場合には、ヨーロッパの空の物流網の寸断が長期化する。

そうなれば、経済損失がさらに大きくなるおそれがある。

そうなると、イワマツグループ全体に壊滅的なダメージを受けてしまう…

一刻も早く手を打たなければ、共倒れを起こしてしまう…

それはなんとしてでも回避しなければならない…

それから2週間後に、偏西風がヨーロッパ一帯に南下したので噴煙はきれいにのいた。

これにより、ヨーロッパの空の物流網の寸断が解消された。

しかし、このあとも急な予定変更がつづいたのでA班のメンバーたちのスケジュールがズタズタに壊れた。

A班のメンバーたちは、2010年中はリース料や売り掛け金を滞納している取引先の会社ヘ取り立てに行ってた。

『滞納している分をはろてツカーサイ…』とお願いしているのに、相手は『もうしばらく待ってくれ〜』と言い返す…

私たちは、滞納しているあんたらの泣き言は聞きあきたんだよ…

1セントも払えんと言うのであれば、法的措置を取りますよ…

…と言う具合に、押し合いへし合いがつづいた。

こななことしたくなかった…

こななことしたくなかったのに…

なんで、取り立て屋せなアカンねん…

ツラい…

ホンマにツラい…

声あげて泣きたい…

私の心は、ズタズタに傷ついた。

2010年中は、1日も休みがなかった…

クリスマス休暇は返上で、予定変更ばかりがつづいた…

A班のメンバーたちは、気持ちがギスギスした状態で2011年を迎えた。

A班のメンバーのつらい日々は、まだまだつづくようだ。
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