一生分の愛をくれた君へ
1.君を知った最初の春
一生分の愛をくれた君へ
海月みつき

「私、もう長くはないんだ。余命は良くてあと半年らしい」


満開に咲いていた桜が散ってしまい葉っぱが新緑に変わり始めたころ、恋人からされた余命宣告。

その言葉は、俺を茫然とさせるには十分だった。

「今まで黙っていてごめんね。なかなか言い出せなかったんだ」

 なんでそんな事いうんだよ。綾乃。本当はお前が一番苦しいくせに、そうやって自分の苦しさをごまかすお前が嫌いだ。でも、打ち明けるのにどれだけ悩んだのか考えたら、彼女を責める事なんて出来なかった。

「いいんだ。打ち明けてくれてありがとうな」

 俺はそう言ってそっと抱きしめてあげる事しか出来なかった。すると、耐えられなくなってしまったのか、綾乃は嗚咽して泣き始めてしまった。そんな彼女を黙って背中をさすってあげる事しか出来なかった。

 俺が病院に連れていかれたのは、いつも通りの平日だ。いきなり綾乃が倒れて救急車で運ばれていった。心臓が悪い綾乃が倒れるのはもはや見慣れた光景で、どうせ明日になったら、いつも通り登校して来て、「ごめんごめん。また倒れちゃったよ」なんて笑顔で言ってくると思ったのに、授業中に担任の深山先生が教室に入ってきて、真剣な顔で教科担任の先生と話し合った後、俺のもとへ来て、「送ってあげるから早く帰る準備をして車に乗りなさい」と言われた。

 車に乗って連れていかれたのは岩瀬病院だった。岩瀬病院はこの市で一番大きな病院で、大きな病気や怪我をしたときはここに運び込まれる。

連れていかれて綾乃何かあったんだと察した。綾乃の病室に向かうと綾乃のご両親が、綾乃のベットの横で泣いていた。

「翔ちゃん……」

 綾乃は俺の顔を見ると、先生と、ご両親の方に席を外すようにお願いしてこうして話してくれたというわけだ。

「私ね、心臓が弱いのは翔ちゃんも知っていたでしょ。心臓に行く血管が閉まってきているみたいで、もうどうしようもないんだって。狭心症っていうらしいんだけど。元々心臓が悪いのにさらにその病気になったから、もうどうにもならないんだって」

 たくさん泣いて落ち着いたのか、ゆっくりと話し始めた。どうにもならないってなんだよそれ、患者の病気をそんな匙投げていいのかよ。

「本当はね、もっと前から病気の事は知っていたんだ。でもその事を言ったら翔ちゃんが余計な不安を抱えるかもしれないって言い出せなかったんだ。今日倒れたときに余命宣告されて、さすがにもう言わないといけないって思って。今まで黙ってて本当にごめん」
「謝るなって、馬鹿。お前はそんな事より自分の心配をしろよ」
「うん、ありがとう。翔ちゃんは優しいね」
 
優しいのはどっちだよ。自分が一番辛いくせに人の心配ばっかりしやがって、そんな綾乃の心境を考えたら、苦しくて仕方がなかった。

綾乃ともうちょっと話していたかったけど、ご両親が帰ってきて、家族水入らずでも話をしたいだろうと思いそのまま病室を出た。病院を出ると深山先生が待っていた。

「このまま早退ってことで家に送ってもいいけど、家に帰るか?」
「いえ、学校に戻ります。このことを理由に早退なんてしたら綾乃に怒られてしまいますから」
「そうか。まあ、なんだ。あまり自分を責めるなよ」
「ええ、ありがとうございます」

 学校に戻ると、案の定みんな、どこに行ったのか聞いてきた。タイミング的に綾乃の事で抜けたと皆気付いているだろう。でも病院でした綾乃との会話を思い出した。

「ねえ、もしこのまま学校に戻っても、皆このこと言わないで」
「えっ、本当にいいのか?」
「うん。だって、病気のこと伝えたらきっと皆驚いちゃうと思うから、いつかはばれると思うけど、それまで黙っていたいんだ」
「まあ、綾乃がそこまで言うなら分かったよ」
「ありがとう」

 俺が言うと綾乃は安心したようにニコッと笑っていた。きっと綾乃は優しい奴だから、皆が心配すると思ったんだろう。だから聞かれてもあやふやにしたらそれ以上は聞いては来なかった。

俺は授業に集中する事が出来ずに、あっという間に放課後になった。夜になっても中々寝付くことが出来ずに、ベットの上でボーっとしていた。こんなに眠れなくなったのは久しぶりかもしれない。結局一睡もできずに朝になってしまった。
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