一生分の愛をくれた君へ
4.君がいない退屈な秋
 
 夏休みが終わって、二学期が始まった。みんなは楽しそうに夏の思い出を語り合っていて、中にはたくさん遊んだか体中真っ黒に日焼けをしている人もいた。だけど、その中にやっぱり綾乃はいなかった。

 綾乃は風邪をこじらせているという事になっている。そろそろ怪しまれるかと思ったけど、特に皆怪しむことはなく、始業式が始まる時間まで再び思い出話に花を咲かせていた。

 きっと皆そんな事より、夏の思い出を語り合いたいんだろう。

「よう、翔久しぶり」
「おう。将夏祭りぶりだな」
「なんだ、元気ないなあお前。やっぱり綾乃ちゃんがいないと寂しいのか」

 こいつ……一瞬頭に血が上ったがため息をついて冷静になった。別にこいつは綾乃と俺の関係が亡くなったことは知らない。夏祭りあっただけで付き合っていると思っているんだ。だから怒りを将にぶつけるのは違うと思って言った。

「そうかもな。悪いが今日はちょっと隊長が悪いんだ。話しかけないでくれ」
「まじか。大丈夫かよ。ところでさ、夏祭りの後どうだったんだよ」

 その言葉で思わず体全体が蛇ににらまれたように停止する。やめろその事は思い出したくない。必死に顔を作るけどその顔もひきつっているはずだ。

「なあなあ教えてくれよ。何か進展あったんだろ」
「何もないよ。ちょっとしつこすぎるぞ。そういうのウザイからやめてくれるか」
 
 言った後にしまったと思ったけど遅かった。言った言葉はもう取り消すことはできない。将も気まずそうな顔になっていた。ついイラっとして強く言い過ぎてしまった。別に彼は何も悪くないのに。

「あ、ごめんちょっとしつこかったな。ただ
「あ……いや、こっちも強く言い過ぎたよ。ごめん。でも今日はちょっと一人にさせてくれ。今日はそういう気分なんだ」

すると分かったよと肩をすくめて将は去っていった。始業式が終わってロングホームルームの時間になっても、先生の話なんて頭に入ってこなくて、ただボーっと窓の外を眺めていた。これから始まる行事の話をしていた気がするが、テストも行事も綾乃がいないと退屈で仕方ない。……そっか、俺いつの間にかこんなに綾乃が好きになっていたんだな。

 いつの間にかロングホームルームも終わっていて帰りの時間になっていた。さっさと帰りたいけど、バスが来ないと市街地に戻る事が出来ないから待つしかない。

 バスの時間まで一人で弁当を食べていた。一人で食べていると対面に綾乃がいて何気ない雑談をしながら食べていたのを思い出す。おかずの交換もしあったっけな。何をしても彼女の事を思い出すのはきっとまだ彼女の事を忘れられないからだろう。そして、本当に綾乃ことが大好きだったんだなって実感した。

 弁当食べ終わって鞄に食べ終わった弁当を居れていたら横に誰かが来た。将だろうか。今日は一人にさせてくれと言ったのに仕方のないやつだ。

「将、今日は一人になりたいって頼んだよな」

 そう言って横を見るとそこにいたのは将ではなかった。そこにいたのは将じゃなく、藤本さんだった。彼女とは、ほとんど話したことがなく、話かけてくるのは用事があるくらいだったのにどうしたんだろう。彼女は何も言わず俺の横で突っ立っている。

「どうしたの」
「いや、夏祭り何かあったなおかなって思って」

 またかと思って思わず深いため息をついてしまった。どうして将といい、彼女といい祖女に夏祭りの事が気になるのだろうか。

「別に、なんもなかったよ。特に何も」
「そう」

 そう言えばすぐに藤本さんも引き下がってくれると思ったのにじっと俺の顔を見て、いる。まるで何かを見抜こうとしてるみたいに。

「な、何? どうしたの?」
「本当に何もない? 二人とも何か隠してない?」

 藤本さんはかなり勘が鋭い方だ。ここで少しでも動揺を見せたら、芋づる式に綾乃の病気の事もばれてしまうかもしれない。それだけは避けたいところだ。だから出来るだけ平静を保って答えた。

「ああ、本当だよ。特に何もなかった」
「ふーん」
「でもどうしてそんなこと聞くの?」
 
 すると彼女はまだ難しい表情をしていた。そしてあたりを見渡し、声を小さくして言いはじめた。

「あの夏祭り会場でさ、花火が終わっても結構遅くまで残っていたんだよね。まだ屋台周り切れていなかったし、提灯も欲しかったから。そしたら人だかりが出来ていて、救急車も来ていたから気になって」

 どきっとした。考えてみたらそうだ。あの時は焦りで周りなんて気にしてすらいなかったけど、あれだけ大騒ぎになっていたら、人だって集まってくるだろう。

「なんとなくいやな予感がして綾乃に連絡してみたけど、返信が帰ってこないし、何かあったのかなって」

 その口ぶりからして、直接その場に居合わせたわけではないみたいだ。だったら俺が言うことは一つだ。

「綾乃は本当にちょっと拗らせた風邪だよ。俺たちはあの後すぐに帰ったから知らないんだけど、救急車なんてきていたんだね」

 嘘をつくのは心苦しいけど、綾乃が言わないでって言っていた以上、俺の口から情報を漏らすわけにはいかない。これは恋人関係じゃなくなってもしなくちゃいけない最低限のマナーだ。

「そっか、関係ないならいいんだ。ごめんね色々聞いて」
「いや、大丈夫だよ」

 そういって藤本さんは友達に呼ばれて行ってしまった。何とかごまかせたらしい。彼女が言ってしまった後ほっとして安堵のため息をついた。
< 32 / 52 >

この作品をシェア

pagetop