湖面に写る月の環

19

「もっと分かりやすく話してれないか」
「これ以上どう簡潔に話せっていうんだ」
「簡潔にじゃなくて、わかりやすくって言ったんだ」
探偵少年と話していると、頭が痛くなってくる。これ以上は本当に無駄だろうと鞄を肩にかけ、再び立ち上がったところで手を引かれた。
「ちょっ、!」
「行くぞ!」
(どこに!?)
僕は少年に引っ張られるがまま、足を進めていく。学校を出てもスピードを落とす気配のない彼に、僕は必死で足を動かした。帰宅部である僕に突然の長距離ランニングはつらい。
(くそ……っ)
徐々に脇腹が痛くなり、肺が苦しくなってくる。ひーひーと必死に息をすれば、彼は突然足を止めた。ぼふっと顔が背中に当たり、強制的に進行が止められる。
「お、お前っ、急に止まるなって!」
「お待たせしました! ――岡名さんっ!」
(岡名?)
聞き覚えのある名前に、慌てて顔を上げる。そこには数日前と同じくスーツを身に纏った好青年が、こちらを見て立っていた。
「こんにちは」
「……ども」
「おや。君も来てくれたんですね」
「引っ張られてきました」
「それはそれは……何だかすみません」
「いえ。岡名さんのせいじゃないので」
気にしないでください、なんて声を掛けながら僕は彼を見つめる。相変わらず一糸乱れないスーツ姿は、まるで完璧な営業マンを体現しているようで、少しだけ居心地が悪くなる。
(……将来は僕もあんな感じになるんだろうか)
なれるんだろうか、なんて。複雑な心境を抱えながら、僕は掴まっていない手で探偵少年の手を振り払った。「あっ」と声を上げた彼は、少し不服そうな顔をしたものの、大人しく引き下がってくれる。……先輩を引っ張っておいて、その反応はどうなんだ。今更だけど。
「なんで僕まで連れて来られたんだ?」
「え。何でってそりゃあ……暇そうにしてたからっすかね?」
「殴るぞ」
首を傾げてきゃぴっと女子の真似をする探偵少年に、苛立ちが一気に込み上げてくる。
(可愛くないんだよ、全然)
探偵少年の背中を思い切り叩き、本当の理由を催促する。痛みに声を上げた彼は、分が悪いと思ったのか少し間を置くとコホンと一つ咳をした。真面目な表情と雰囲気に、息を飲む。……茶化してはいたものの、もしかしたらしっかりとした理由があるのかもしれない。
「もちろん、考えなしに読んだわけじゃないですよ。ただ……」
「ただ?」
「俺には手足となってくれる子分がいないので」
「帰る」
「すみません帰らないで!」
――こいつにまともな理由を期待した、自分が馬鹿だった。
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