湖面に写る月の環

33

「そ、それより、岡名さんは?」
「まだ来てない!」
「そ、そっか」
(見てたことはバレてないらしい。よかったよかった……)
いつもと変わらない様子の彼に、僕はほっと胸を撫で下ろす。……どうやら糾弾されることは無さそうだ。僕は後ろめたさに視線を逸らしていれば、ふと女子生徒と目が合う。にこりと笑みを浮かべる彼女は、どうやら人見知りはしない類の人間らしい。僕とは真逆だ。
「初めまして! アホ探偵の幼馴染やってます」
「なっ! あ、アホ探偵って、俺のことか!?」
「他に誰がいるのさ」
(に、賑やかだ……)
きゃんきゃんと目の前で騒ぐ二人に、僕はクラスで人気者に絡まれた気分を思い出した。
「ははは……仲良いんだね、二人とも」
「「よくない!」」
くわっと振り返り叫ぶ彼らに、僕は息を飲む。二人の大きな目が容赦なく僕を貫く。……怖い。
「そ、そう。それより探偵くん、そろそろ行かないと約束の時間になるよ」
「なんだって!?」
ほら、と腕時計を見せた僕に、食いつくように探偵少年が声を上げる。引き寄せられた腕にバランスを崩しそうになり、慌てて踏ん張る。「まずい!」と叫んだ彼は、そのまま僕の腕を掴み、走り出す。
「ちょっ、おい!」
「早く早く!」
「こらー! 君たち、待ちなさいー!」
警備員の声にも足を止めることなく、探偵少年は走り続ける。僕はといえば、その勢いに必死に着いていくことしか出来ない。驚いた人たちが何事かと振り返るのを、僕は他人事のように流していく。
(目立つの、嫌いなんだけど……っ!)
そんな思いも他所に、僕は緊張の欠けらも無い状態で大学に足を踏み入れてしまった。

「とーちゃくッ!」
「うっぷ……」
ズサササと廊下を横滑りしながら止まったのは、『怪奇現象執筆サークル』と書かれた張り紙がされた教室の前だった。振り回されすぎて混ぜられた胃の中身が一瞬込み上げ、それを必死に抑える。……地図で見た時は入口に近い距離にあったはずなのに、その倍以上を走った気がする。深呼吸をした僕は、後ろを振り返る。追いかけてきていた警備員も振り切ったのか、そこには誰もいなかった。
(……完全に怒られるだろ、これ)
もうこうなったらすべて目の前の男のせいにしよう。そうだ。それがいい。
「ここが事件現場か!」
「いや、事件現場ではない」
「たのもー!」
「おまっ──!」
ガラララッと勢いよく開かれる扉に、心臓が止まるかと思う。
(頼むから落ち着いて行動してくれ……!)
「あれ?」
「ん?」
仁王立ちで教室の前に立つ彼が首を傾げる。どうかしたのかと彼の視線の先を見れば、そこにはがらんとした教室が広がっていた。
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