湖面に写る月の環

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少年は二言で返事を返すと、淡々とひがし京たちと会った時のことを話した。その話は僕たちにとって驚きを齎した。
彼曰く、彼は生まれた時から天賦の才として『過去を視ることが出来る』能力を有していたらしい。大体の人間の過去が見えるのだとか。この時も例外なく、彼女たちを見かけたと同時に映像として過去が流れ込んできたのだ。
――僕はその発言を信じることが出来なかった。『他人の過去を視られる』なんて、そんなのあるはずがない、と。だから彼の言葉をすべて当てずっぽうで言っているのかと思っていたのが、彼はそれを一気に覆した。パーティーで近くに居なかったはずなのに誰々は何をしていたとか、誰々はさっきまで誰と話していた等、的確に言い当てるのだから驚いてしまう。――もちろん、停電していた時のことも。
「停電中に動いていたのは?」
「みなみさんだろ」
「みなみさんって……紀偉さんかい?」
こくりと頷く探偵少年と、問いかけたちゅう秋の会話に、少しばかり申し訳ない気持ちが込み上げてくる。……ごめん、ちゅう秋。最初にそう呼んだのは僕なんだ。それが探偵少年にまでうつるとは思っていなかったけれど。
「なるほどね。彼女は何をしていたんだい?」
「紐を取りに行ってたみたいだぜ。たぶん停電のタネだろ。どこぞの社長に協力してもらってたみたいだからな」
もぐもぐと何個目かもわからないケーキを頬張りながら、少年は淡々と告げる。
(そこまでわかっていながら、何で誰にも言わないんだ)
ふつふつと込み上げてくるのは、怒りかそれとも苛立ちか。探偵少年は相変わらず人の気を逆撫でするのが得意らしい。秘密主義も、此処まで来ると逆に怪しく見えてきてしまう。
「なんでそれをみんなに言わないんだよ」
「なんでって、言ったって信じないだろ?」
「そ、そんなこと……わからないだろっ」
「わかるさ」
探偵少年の言葉に、僕は声を詰まらせた。真っすぐこちらを見つめる彼の瞳からは強い意志が伝わってくる。「だってそうだろう?」と言わんばかりの表情に、僕は言い返そうとして――声を飲み込んだ。
……確かに彼の言う通り、『過去がわかる』と言われても簡単には信じられない。聞いた今だって、「うそでした」と言われれば納得してしまえそうだ。実はどこかで見ていたり聞いていたりしたんじゃないか――そう思ってしまう。
(本当によく人の事見てるな、コイツ……)
探偵故の観察眼か、それとも彼特有の力なのか。どちらにしろ、完全に信じられていない自分に反論することは出来なかった。
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