湖面に写る月の環

08

(くっ……)
馬鹿にしやがって。僕だって、みんなの前でこんな反応……しないとは言いきれないが、僕だってやれば出来るのだ。それこそ、彼女の洋服を褒めることだって──。
「どうしたの?」
「あっ! え、えええっと……!」
「?」
「ふ、ふくっ!」
「服?」
「そ、う……いや、なんでもない」
「ええっ?」
続けようとした言葉を、羞恥が飲み込んでいく。頭が真っ白になってしまった僕は、パクパクと口を数回開閉させ――諦めた。
(何がやれば出来るだよ)
不思議そうに首を傾げる彼女に、僕は俯く。本当に意気地無しだ、僕は。心配そうに顔を覗き込んでくる彼女はやはり何処までも優しい人で、自己嫌悪感がより強く込み上げてくる。
(本当、僕にはもったいない……)
落ち込む僕の心情とは裏腹に、依頼人を含めた四人の会話は、盛り上がりを見せていた。
「そちらが、ちゅう秋の言っていた探偵くん?」
「嗚呼。一つ下の後輩なんだ」
「へえ、後輩くんかぁ」
ちゅう秋と親しげに話す女性が、探偵少年を見つめる。足の先から頭のてっぺんまで見た彼女は、「いいんじゃない?」と微笑んだ。それがなんの意味を持つのか分からず、少年は首を傾げた。ちゅう秋の彼女であり妻は、少し変わった人であるようだった。
ちゅう秋の妻と探偵少年の簡単な自己紹介を終え、探偵少年をここに連れてきた経緯をちゅう秋が簡潔に話す。説明を受け、妻の後ろにいた男性が顔を見せた。意を決したように一歩踏み出し、綺麗な所作でお辞儀をすると、男は顔を上げた。
「初めまして、岡名といいます。今日はわざわざ足を運んでいただいて、すみません」
「いえいえ。お話を伺いたいと言ったのはこちらですから、お気になさらないでください」
少しハスキーな声で話す男は、言葉遣いはもちろん、見た目からも好青年である事がわかる。短く切った黒髪の片側をなでつけ、細身のスーツを身に着けている。靴まで完璧に磨かれた彼は、どこかのお坊ちゃまだと言われても不思議じゃなかった。端正な顔を歪め、彼は話し出す。
「実は私の知り合いが通っている大学のサークルで、最近妙なことがよく起こるそうで……そのご相談をちゅう秋くんにしていたんです」
「知り合いの大学サークル?」
「はい」
僕の小さな呟きに、彼は律儀にも返事をする。まさか返事が貰えるとは思っていなかった僕は、咄嗟に口を噤んだ。
(初対面の……しかも、年上の方の話を遮ってしまうなんて……!)
とんだ醜態だ。今すぐ逃げ帰りたい。内心で懺悔をする僕に気づかないまま、岡名は説明を続ける。
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