湖面に写る月の環

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本当にそうだとしたら、彼の人生はどれだけ寂しいものなのだろうか。感情のない世界に放り込まれているのではないかと心配になってきてしまう。しかし、学校では彼の人気ぶりは最近よく耳にする。顔も悪くないし、スタイルも悪くない。それこそモデルに出てきも可笑しくないくらいには。
(……宝の持ち腐れだな)
整った容姿も、明るい性格も、意外といいスタイルも。そちら方面ではまったく効果を発揮しないらしい。本人の気持ちがないのだから、とうぜんだろうが。
「でも、あの女子生徒は?」
仲がいいように見えたけど、と告げれば顔を思い切りしかめられた。……そんなに彼女のことが嫌いなのだろうか。
「あいつはただの付き人みたいなものだ」
「付き人って……さすがに可哀想だろ」
「可哀想なんかじゃない!」
「!?」
バンッと両手で自身の足を叩いた彼に、心底驚く。突然噴火した感情は彼の肩をふるわせる。……そんなに彼女が嫌いなのか。嫌な予感に心臓がどきりと音を立てる。しかし、顔を上げた彼の表情は予想と反していた。
「あいつ、すげぇしつこいんだ! 朝になったら必ず迎えに来るし、購買に行く時もついて来ようとするし、休んだ時は必ず見舞いにきて飯食って帰るんだ! 俺は子供じゃねーぞ!」
「そ、そう、だな」
(怖いって、そっちかよ)
怒り狂う彼に、僕は言いかけた言葉をそっと飲み込む。そして思う。『そこまでわかっているなら、彼女の気持ちもわかるだろ』と。
(何でこういうところだけ鈍いんだ、こいつ……)
いつもの探偵並みの洞察力はどうした、と聞きたくなる。未だわあわあと騒ぎ立てる探偵少年は、まるで反抗期を迎えた男子のようで。どうせフォローしたところで聞く気などゼロに近いのだろうから、フォローをする気はない。
「さすがに哀れだな……」
「だろ!? 俺、可哀想すぎる!」
「お前じゃない」
「えっ」と呟いて首を傾げる彼に、僕はため息を吐いた。彼自身が例の女子生徒をどう思っているかは分からないが、見た感じ彼自身の中に特に嫌な印象はないらしい。
(思った以上にこじらせてるな……)
あの日話しただけの女子生徒。しかし彼女の想い人が自身の知人で後輩で、しかも今目の前にいると思うと気になってしまうのは人間の心理ではないか。僕は未だに文句を口にする彼を盗み見て、肩を落とした。……変なところで子供っぽいのは、どうしてなのか。僕は食べ損ねた卵焼きを口に放り込んで宙を見た。せめて彼女の気持ちがこの鈍い男に伝わるよう、祈っておこう。
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