最初から最後まで
(こんな醜い姿でマリカに逢いに行ったら、拒否されるに決まってる……)

 理想郷を作るために、たくさんの人を殺めたのが、この姿になったのはそのせい? そもそも僕はどこで間違った?

 天使の翼でマリカを迎えに行って、ふたりで暮らすのに良さそうな土地で、静かに余生を送るはずだった。そのためにお金だって、たくさん貯めた。

「こんな悪魔みたいな姿、誰も受け入れてくれないだろ」

 蝋燭の明かりに照らされているせいか、鏡に映る姿は妙に不気味さが際立っていた。自身の姿なのに、嫌悪感を覚える。

「マリカに逢いたい。そのために僕は頑張ってきたのに、どうして……」

「ヒッ!」

 背後に人の気配を感じて振り返ると、見覚えのある人物が僕を見て後退りする。ソイツの手に小さなナイフが握られていたことで、組織が僕を消そうと寄越した暗殺者なのが、一目でわかった。

「僕を殺しに来たんだろ? それで刺してみろよ」

 蝋燭台を床に置き、後退りする暗殺者に向かって歩を進める。しかしその距離は一向に縮まらない。僕が進むと、暗殺者は体を震わせながら後退した。

「いけないなぁ。組織に頼まれたのに、無様に逃げ帰るのか?」

 言いながら素早く距離を詰めて、暗殺者の首を掴み、指先に力を込めた。鋭い爪が容赦なく皮膚にめり込む。そこから勢いよく血が吹き出し、暗殺者は絶命した。

 僕が殺さなかったら、別の誰かが暗殺者を殺めただろう。組織としては、失敗は許されないものだから。

 暗殺者をその場に放り投げ、血に濡れた片手を貴族の布団で拭った。人を殺すという恐ろしいことをしているのに、トラウマに陥ることなく、平然と手にかけることができたのは、千人という馬鹿みたいな数をこなしたせいだろう。

 ひとえに、天使の翼を手に入れるためだけに、無我夢中でおこなっていたのだが――。

「これ、見せかけじゃなく、飛ぶことはできるのか?」

 翼を動かそうと頭の中でイメージしてみたのに、ピクリとも動かない。

「どうしたらいいんだ。羽ばたいてみせろよ」

 困惑しながら口にした瞬間、小さく翼が動いた。

「そうだ、もっと羽ばたけ」

 まるで耳でもついてるみたいに、命令したらそのとおりに動いた。

 バルコニーに出るべく大きな窓を開け、空を見上げる。もう少しで満月になりそうな大きな月が、これでもかと夜空を明るく照らした。

「あの月に向かって飛ぶぞ!」

 月に指をさしながらその場でジャンプすると、床に足がつくことなく、体がふわりと浮かぶ。大きく羽ばたいた悪魔の翼は、僕を月へと導く。

 おもむろに下を見ると、貴族が住んでいた屋敷は、ミニチュアのように小さな建物になっていて、深夜帯につけられている数少ない町明かりが、都市をぼんやりと浮かびあがらせた。その様子が、まるでおもちゃのように見える。

「こんなちっぽけなおもちゃ箱に住んでいたのか、僕は……」

 呟きながら顔をあげて、大きな月を眺めた。神々しい月の光が禍々しい僕の姿を明るく照らす。

「この月明かりとおもちゃ箱を、マリカに見せてやりたい」

 僕の姿を見てマリカが怯えたら、なにも言わずに立ち去ろう――そんな気持ちで、ここから遠いガビール様のお屋敷を目指したのだった。
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