放課後の音楽室で

side 佐久間家

文乃が明日まで戻らないと宣言して、出て行ってから、自分の書斎に戻り、上田という少年の言葉を思い出す。

『佐久間の本当のお母さんのことが好きだから結婚したんじゃないんですか』

そうだ。恋に落ちたから、結婚した。助手としてあれこれやることがあり、多忙だったけれど、頑張れたのは、彼女がいたから。

だけど、幸せな時間は長くは続かず、病気がちだった彼女は文乃が幼い時に倒れた。

もともと、苦労が多い結婚生活、そして離婚後の女で一つで文乃を育てていた彼女は疲労がピークだった。

結婚してから、家政婦の新田さんに家のことをお願いしていたけれど、それでも彼女の体が良くなることはなかった。

亡くなる直前の彼女の言葉を思い返す。

『…私が死んだ後も、文乃のことお願いできますか?』

死が迫っているのにも関わらず、彼女の頭の中は文乃のことでいっぱいだった。

『…あの子が私のようにならないように、見守ってほしいです…』

彼女の言葉を聞きながら、私は手を握って何度も何度も頷いた。

『不自由なく、生活できるよう保障する』

私は〝不自由〟という言葉をかけ違いていたのかもしれない。

いい家柄に嫁げば、苦労しなくて済む。裕福な生活が送れる。

そう信じ込んでいた。


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