放課後の音楽室で
「今日から、またピアノ弾くの?」

上田くんが尋ねる。

「うん。でも、ちょっとだけ弾いたら図書室に行こうかなって思ってるの」

「もしかして、受験に向けて?」

怜ちゃんが、私を見て確認する。

「うん」

医学部の受験の傾向とか確認していかないといけないって思って、昨日本屋さんで医学部受験対策の問題集を買ってきた。

「…佐久間って、こうって決めたらすぐ行動に移せるのすごいよな」

「そんなことないよ…。結構躊躇することもあるし…」

「文乃、もう少し自分のこと認めてもいいと思うよ?」

えっ…?

自分のことを認める?

「俺もそう思う」

上田くんも納得した様子で頷いている。

「…うん」

そんなこと考えたことなかったな…。











放課後、久しぶりに音楽室のピアノに触れる。

一音一音が、私の耳に心地よく響く。

落ち着くな…。

一曲弾き終わって、窓際に立つ。

グラウンドから聞こえる、野球部の声の中から、上田くんの声を探した。

あっ、聞こえた。

目を瞑って、上田くんの声の響きを確かめる。

大好きな人の声に、胸がドクンっと大きく波打った。

私は…、声を聞いただけで、こんなにドキドキする人がいるのに、もしかしたら全然知らない人と一緒になるのかもしれない。

猶予のようなものはあるけれど、そこに関しては、父から婚約の話が白紙になったとは聞かされていない。





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