モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!

4

 三つ目をあっという間に食べ終えたクリスティアンは、またもや籠の中に手を伸ばしている。そんな彼に向かって、私はおそるおそる提案してみた。

「お気に召されたようで、何よりでございます、殿下。ロスキラから米を輸入されるということでしたら、大豆もお願いできれば幸いです。実はこの料理、本来用いる調味料は、大豆がベースなのでございます」

 ロスキラは、大豆の栽培も盛んなのだ。クリスティアンが、感心したように目を見張る。

「ロスキラの特産まで知っておるのか。ここへ来て日が浅いというのに、よくそこまで学んだことだ」

「北山さん、すごいじゃん!」

 榎本さんも、無邪気に微笑んでいる。一方クリスティアンは、真剣に考え始めた。

「大豆か……。それで本来の味が再現できるなら、是非輸入したいところだが。米と両方となると、難しいかもしれんな……」

「あっ、無理にとは申しません」

 私は、慌てた。

「仮に大豆が手に入ったとしても、その調味料……『ショウユ』というのですが、作るまでには大変な労力と期間がかかるものですし」

 そもそも私自身、醤油の製造方法なんて正確には知らないし、と内心付け加える。ただ、大豆の風味があれば近い味が出せるかな、と思ったのだ。そこへ、聞き慣れた声がした。

「殿下、こちらにいらっしゃいましたか……。おや、それは」

 グレゴールだった。クリスティアンの食べかけているサンドイッチを見て、怪訝そうにしている。

「ハルカ嬢が作ったそうだ。実に美味いぞ」

 クリスティアンは、機嫌良く答えた。

「……ああ、悪いな。グレゴール、そなたの分は無くなってしまった」

 バツが悪そうに、クリスティアンが籠の中をのぞく。彼が爆食したせいで、中は空っぽだ。

「でもそなたなら、屋敷で作ってもらっていることであろう? 『ギュウドン』とかいう、彼女たちのいた世界での名物だそうだ」

「……いえ、あいにく」

 グレゴールは、静かに答えた。ハイネマン邸では、あれからもたまに、趣味で料理をさせてもらっている。グレゴールやメルセデスにも振る舞っているが、全てイルディリア風の料理だ。こんな風に、日本独特の食べ物を作ってみたのは、初めてである。しかもグレゴールは、魚の方が好きらしいので、メニューは魚介系に偏っていた。

「……そうか」

 クリスティアンは、やや戸惑ったような返事をした。グレゴールの返答が、あまりにそっけなかったからだろう。普段から寡黙な彼ではあるが、主君への態度としては、ぶっきらぼうすぎる。私も、怪訝に思った。

 クリスティアンは、そんなグレゴールの顔をしばらく見つめていたが、不意に席を立った。

「では、私は帰るとするか。ハルカ嬢、馳走になったな。マキ殿、また治療の際に」

「いえ、とんでもないです!」

「はい、お待ち申し上げております」

 私と榎本さんは、立ち上がると口々に挨拶した。クリスティアンが、家臣らを引き連れて去って行く。榎本さんは、セシリアを抱きながら私に微笑んだ。

「大好物を作ってくれて、ありがと。じゃあ、また……」

「あっ、待って」

 私はもう一度、おそるおそるセシリアを撫でた。そして、ウォルターのそばへしゃがみ込む。

「えーと。今日は、あなた方には食べられない物で、ごめんなさい。次は、食べられる物を必ず作って来ます!」

 言い終えると、私は榎本さんを見上げた。

「通訳してもらえる?」

「もちろん」

 榎本さんは、二匹にそれぞれ何事か告げた。そしてグレゴールに挨拶し、宮殿内へと戻って行く。二人きりになると、グレゴールは私をチラと見た。

「マキ殿への贈り物と、聞いていたが」

「そのつもりでしたよ? 彼女の、好物なんです」

 グレゴールの声音は、どことなく非難がましく感じられて、私は戸惑った。
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