モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!
7
(殿下のことは、嫌いではない。でも……)
長い睫毛に縁取られた、グレゴールの漆黒の瞳を見つめる。
(私が好きなのは、あなただから……)
グレゴールは、私が初めて、過去を打ち明けられた人だった。彼は、それを理解してくれた。そして、彼のおかげで、私は素の自分を取り戻せたのだ。榎本さんにも指摘された通り、私は良い方向に変われた。おまけに、困っている時はいつも助けに来てくれて……。
(……だから)
できることなら、ずっとそばにいたい。でもそれは、叶わぬ夢だった。私は、すうと深呼吸すると、精一杯の笑顔を浮かべた。
「……そりゃ、なれなきゃ娼館行きでしょう?」
わざと冗談めかして言えば、グレゴールはきょとんとした。
「娼館?」
「カロリーネ様が、グレゴール様ならそうするんじゃないかって。あなた自身、最初にそう仰ってたじゃないですか」
「――ああ、あれか」
グレゴールは、ようやく思い出したようだった。
「冗談に決まってるだろう。最初に側妃はどうかと打診した時、お前は明らかに意欲を示していた。それなのに、無理だの何だのグダグダ言っているから、踏ん切りを付けさせるために脅しただけだ」
「……何だ」
私は、拍子抜けする思いだった。
「それからカロリーネの妄言は、放っておけ。エマヌエルと一緒にいるから、賢いように錯覚するだけだ。比較の問題に過ぎん」
「えっと……。じゃあ、あれも嘘でしょうか。彼女、言っていたんです。グレゴール様が私を側妃にしたいのは、出世のためだって。メルセデス様も、計画がどうのと仰ってましたし」
さすがに、王室を操るうんぬんは口に出せなかったのだが、グレゴールはそれでも呆れたようだった。
「馬鹿。姉上の仰った『計画』とは、前に話した、ベネディクト殿下の王室への関与を防ぐことだ」
「あ~、そうですよね~」
私は、大慌てでうんうんと頷いた。
「それに俺なら、そんな姑息な手段を執らなくても出世は可能だ」
けろりと言った後、グレゴールは再び歩き出した。
「まさか、娼館行きを本気にしていたとは思わなかった……。側妃になれなかった場合のお前の行く末は、ちゃんと考えてあったんだぞ?」
「そうだったんですか?」
目を見張れば、グレゴールはあっさり頷いた。
「そうだ。お前は経済の心得があると言っていたから、宮廷の経理職のポストを押さえておいた。住む屋敷も、ちゃんと用意してやるぞ?」
「ありがとうございます……」
適性まで考慮して、職探しをしてくれていたとは。グレゴールの思いやりを嬉しく思う一方で、私は落胆するのを感じていた。
(ハイネマン家に残るって選択肢は無いんだ。そりゃ、そうだよね……)
引き続き置いてもらえることを、ちょっぴり期待したというのに。だがよく考えれば、そこまで甘えるのは厚かましいというものだろう。
「で、改めてお前の気持ちは?」
グレゴールが、ふと真剣な声音になる。
「娼館行きの誤解は、解けたわけだ。そして実のところ、ベネディクト殿下対策は、お前を側妃にする以外にも考えてある。正直、お前の気持ち次第というところだが……」
私は、考え込んだ。確かに、グレゴールくらい知恵の回る男なら、他にも手段は用意していて当然だろう。
(仕事は嫌いじゃないけど、そうなるとハイネマン邸を出ないといけないのか。グレゴール様とは、それっきり……?)
ならば側妃の方がマシかな、と私は思った。同じように屋敷を出るにしても、後見人という繋がりがある以上、彼はきっと近くにいてくれるはずだ。
「いえ。私、やっぱり側妃を目指します」
そう答えると、グレゴールは一瞬押し黙った。
「……そうか」
ぽつりとそう呟くと、彼は劇場の外に出た。慎重に、私を馬車に乗せる。
「急ごう。浅い傷とはいえ、早く処置した方がいい」
それから屋敷に帰るまで、彼はずっと黙り込んでいた。
長い睫毛に縁取られた、グレゴールの漆黒の瞳を見つめる。
(私が好きなのは、あなただから……)
グレゴールは、私が初めて、過去を打ち明けられた人だった。彼は、それを理解してくれた。そして、彼のおかげで、私は素の自分を取り戻せたのだ。榎本さんにも指摘された通り、私は良い方向に変われた。おまけに、困っている時はいつも助けに来てくれて……。
(……だから)
できることなら、ずっとそばにいたい。でもそれは、叶わぬ夢だった。私は、すうと深呼吸すると、精一杯の笑顔を浮かべた。
「……そりゃ、なれなきゃ娼館行きでしょう?」
わざと冗談めかして言えば、グレゴールはきょとんとした。
「娼館?」
「カロリーネ様が、グレゴール様ならそうするんじゃないかって。あなた自身、最初にそう仰ってたじゃないですか」
「――ああ、あれか」
グレゴールは、ようやく思い出したようだった。
「冗談に決まってるだろう。最初に側妃はどうかと打診した時、お前は明らかに意欲を示していた。それなのに、無理だの何だのグダグダ言っているから、踏ん切りを付けさせるために脅しただけだ」
「……何だ」
私は、拍子抜けする思いだった。
「それからカロリーネの妄言は、放っておけ。エマヌエルと一緒にいるから、賢いように錯覚するだけだ。比較の問題に過ぎん」
「えっと……。じゃあ、あれも嘘でしょうか。彼女、言っていたんです。グレゴール様が私を側妃にしたいのは、出世のためだって。メルセデス様も、計画がどうのと仰ってましたし」
さすがに、王室を操るうんぬんは口に出せなかったのだが、グレゴールはそれでも呆れたようだった。
「馬鹿。姉上の仰った『計画』とは、前に話した、ベネディクト殿下の王室への関与を防ぐことだ」
「あ~、そうですよね~」
私は、大慌てでうんうんと頷いた。
「それに俺なら、そんな姑息な手段を執らなくても出世は可能だ」
けろりと言った後、グレゴールは再び歩き出した。
「まさか、娼館行きを本気にしていたとは思わなかった……。側妃になれなかった場合のお前の行く末は、ちゃんと考えてあったんだぞ?」
「そうだったんですか?」
目を見張れば、グレゴールはあっさり頷いた。
「そうだ。お前は経済の心得があると言っていたから、宮廷の経理職のポストを押さえておいた。住む屋敷も、ちゃんと用意してやるぞ?」
「ありがとうございます……」
適性まで考慮して、職探しをしてくれていたとは。グレゴールの思いやりを嬉しく思う一方で、私は落胆するのを感じていた。
(ハイネマン家に残るって選択肢は無いんだ。そりゃ、そうだよね……)
引き続き置いてもらえることを、ちょっぴり期待したというのに。だがよく考えれば、そこまで甘えるのは厚かましいというものだろう。
「で、改めてお前の気持ちは?」
グレゴールが、ふと真剣な声音になる。
「娼館行きの誤解は、解けたわけだ。そして実のところ、ベネディクト殿下対策は、お前を側妃にする以外にも考えてある。正直、お前の気持ち次第というところだが……」
私は、考え込んだ。確かに、グレゴールくらい知恵の回る男なら、他にも手段は用意していて当然だろう。
(仕事は嫌いじゃないけど、そうなるとハイネマン邸を出ないといけないのか。グレゴール様とは、それっきり……?)
ならば側妃の方がマシかな、と私は思った。同じように屋敷を出るにしても、後見人という繋がりがある以上、彼はきっと近くにいてくれるはずだ。
「いえ。私、やっぱり側妃を目指します」
そう答えると、グレゴールは一瞬押し黙った。
「……そうか」
ぽつりとそう呟くと、彼は劇場の外に出た。慎重に、私を馬車に乗せる。
「急ごう。浅い傷とはいえ、早く処置した方がいい」
それから屋敷に帰るまで、彼はずっと黙り込んでいた。