秋恋 〜愛し君へ〜
「だけど、すごいメンバーですよね!笠原さんがいたらもっと凄いけど」
俺と同じチームの舞子が言った。

勘弁してくれ。この場でその名を聞きたくない。それにしてもなんだ、樹のこの余裕の表情は。そんな俺の心の声を見透かしたかのように勇次は俺の耳元で囁いた。

「一番聞きたくない名前やなぁ」

な、なんでだ!なんでわかるんだ!俺は驚いた。勇次には何も話していない。何も知らないはずだ。

「なんでだよ」

「なんで?俺にはようわかんねん。お前の気持ちが。お前を愛しとるやさかい」

「なっ…」

「俺ら何年付き合うとんねん。見とったらわかるで。お前が樹さんに惚れとって、その樹さんは笠原さんに惚れとって、なんや切ないなぁ」

「なんで樹が笠原さ」

そこまで言ってハッとした。

「樹ぃ〜⁉︎ な〜んや、そうやったんかいなぁ、ふぅ〜ん」

勇次は流し目で俺を見た。

やってしまった。いつもそうだ。勇次の策略にはまってしまう。

「勇次さんの番ですよ!」

ヒロシが急かす。

「よっしゃ!ストライクいくでぇ」

「舞ちゃん、どうして凄いの?」

樹が舞子に訊いた。

「どうして?って、だって、樹さんにツーエイチですよ」

「ツーエイチ?」

「はい、2H」

「なんやねん、それ?」

勇次はストライクを取り損ね、悔しがりながら席についた。

「有名ですよ。ねっ!」

舞子は一緒に来ていた新入社員の男女2人に相槌を求めた。

「はい!」

「ヒロシ、お前も知っとんのんかぁ?」

「え、えぇ、まぁ」

「で、何なんだよ、舞子」

「秋さんと、勇次さんの事ですよぉ。長谷川、日高で」

「そういうことなのねぇ。だから2H。なるほど」

樹は妙に納得している。

「けど、なんで俺たちがそんな風に言われなきゃなんねぇんだよ」

「そりゃあ秋ちゃん、わかりきったことでんがなぁ。俺らラブラブやさかい」

「どうしてお前はそういうことばっか言うんだよ」

「あら、いいじゃない。本当に仲いいし」

「そうですやろ〜」

「ホント仲いいっすよねぇ」

「そうそう、それがいいんですよ。それぞ2H」

「舞子、お前なぁ、ふざけてる?」

「ふざけてなんかないですよ。2Hのファン多いんですよぉ。長谷川派日高派なんて言っちゃったりして」

「派閥かよ」

「こうやってボーリングなんか一緒にやったなんて知れたら、羨ましがられるところが半殺しですよ」

「そうなのか?ヒロシ」

「はい、まぁ…」

「まっ、ええやないか。俺らモテモテやっちゅうことやし、ええこっちゃええこっちゃ。秋ちゃん俺らユニット組まへん?」

「アホ!」

「なぁんや、おもろないなぁ」

「面白くなくて結構」

「あのぉ…」

「なんや?野添」

「僕ぅ、殺されるかなぁ」

「なんでや?」

「だって僕、二人のこといろいろ知ってるし、一緒にお風呂に入った仲だから」

「野添、お前、あんま変なこと言うなよ。研修は大浴場だったからだろうよ」

「うわぁ!思い出したくもない研修!」

ヒロシが顔をしかめながら言った。
見ればそこにいた皆が顔をしかめていた。
どうやら、どの代にも嫌われている研修だというこだ。
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