秋恋 〜愛し君へ〜

守る

樹との生活は毎日が潤っていた。そして穏やかだった。
俺たちはもちろん、仕事中はプライベートの話は一切しない。それはお互い暗黙のルールみたいなものだった。
樹は笠原さんに別れをきりだした時、好きな人がいるそう言ったそうだ。でもその時、俺の名前は出していないと言っていた。だから、俺たちの関係を知る者はいない。超能力者のような勇次は別として。

平和な日々が続いていたある日、事件は起きた。その日は樹が早番で、俺が遅番だった。俺は樹を見送り、また一眠りしてから出勤した。制服に着替え、フォレストのある1階にやってきた時、いつもとは違う妙な空気を感じた。その時、同じ遅番で先に出勤していたヒロシが、俺の顔を見るなり慌てて駆け寄ってきた。

「た、大変っすよ!」

「何が?」

「か、笠原さんが」

「笠原さんが何だよ?」

彼は確か早出の遅番で、もう仕事をしているはずだ。その時だった。

「いつまで黙ってるの!いい加減白状したらどうなのっ!」

凄まじい怒鳴り声だった。それは事務所の方から聞こえる。言い知れない不安が俺を襲った。
俺は事務所へ急いだ。ドアを開けると、事務所いっぱいに人だかりができ、みんな凍り付いていた。その角には顔面蒼白で直立不動の樹がいた。俺は人混みを掻き分け、やっとの思いで樹のもとにたどり着いた。
樹の視線の先には、マネージャーデスクのパソコンを前に、椅子に座っている笠原さんと、その彼を見下ろすように仁王立ちしている女性がいた。怒鳴り声はまだまだ続く。

「私が何も知らないとでも思ってるの!私の目は節穴じゃないのよ!黙ってないでなんとか言ったらどうなの!なんとか言いなさいよっ!」

女性はデスクを両手で勢いよく叩いた。
すると、いきなりこちらを振り返り、この世のものではないほどの形相で段々と近づいてきた。そして、次々に女子スタッフを指差していった。

「あなた?あなた?それともあなた?」

その指はとうとう樹の前で止まった。

「わかったわ。あなたでしょ泥棒猫は!笠原好みのタイプだもの。そうでしょっ!」

樹は完全に硬直している。まずい!そう思った時だった。

「いい加減にしろっ!」

それまでずっと黙っていた笠原さんが怒鳴った。俺は彼の怒鳴り声をその時初めて聞いた。
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