夢のまた夢では 終わらない夢
「樹ちゃん」

フォークにパスタを巻き付けていると神楽さんが優しく尋ねる。

「はい?」

「樹ちゃんには彼氏いないの?家に連れ込んどいて今更だけど」

「もちろんいません」

私は急に神楽さんみたいな素敵な人の正面でパスタを食べながら、彼氏がいないことを告げたことに恥ずかしさを覚え、下唇を噛んだ。

「そうか。それならよかった」

それならよかった?

そういう意味だよね?神楽さんと同じく、彼氏がいたら家に招き入れないっていうポリシーの元に言ってるんだよね?

食べ終えた彼はフォークを皿の上に静かに置き、グラスに注いだミネラルウォーターを口につけた。

そして、椅子の背にゆったりともたれると、私の顔をまじまじと見つめながらひそめて尋ねる。

「俺、樹ちゃんとどこかで会ったことあったっけ?」

私も初めて会った時思ったことだ。

「……ないです。多分」

うん、こんな素敵な人だったら間違いなくはっきりと覚えてるはず。

「そうだよね。俺の勘違いか。どうしてか最初からそんな気がしてしょうがなくて。仕事柄色んな場所に行くからひょっとしてって思ったんだ」

「街ですれ違うくらいはあったかもしれませんよね。でも、こんな地味な人間、覚えてるわけないか」

冗談めかして笑うと、彼は真面目な顔をして言った。

「全然地味じゃない。すごくキュートだし、一度出会ったら忘れないタイプだよ」

ドキン。

思わず両手で顔を覆いたくなるくらい恥ずかしくてドキドキした。

そんな風に言われたら、勘違いしちゃいそうだ。

これだからイケメンは困る。女性の気持ちを弄ぶタイプだ。いや、神楽さんに限ってそんなタイプではないよね。

コーヒーを淹れなおしにキッチンに立った彼の後ろ姿をいつまでも見ていたいと思った。

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