一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
「産むにしろ産まないにしろ、私は絶対その副社長さんに言った方が良いと思う。美玲が一人で決めるようなことではないと思う」
「……うん。でも副社長とは仕事では滅多に関わりないし、お互いに連絡先を知ってるわけでもない。今までだって見かけることすら滅多に無かったんだもん。言おうにも会えないよ」
「そんなこと言ったって、会わなきゃどうしようもないじゃない」
「そうなんだけどさ……」
煮え切らない私に、静香は困ったような顔をする。
そしてキリが無いと悟ったのか、方向性を変えてきた。
「美玲はさ、お腹の子、やっぱり産みたい?」
聞かれて、お腹に手を当てて数回撫でた。
見下ろした自分の下腹部は、まだ本当に妊娠したなんて信じられないくらい、何の変化も無い。
しかし確かにここに新しい命があって、確かにここで生きてて、私は今、実際にお腹の中でこの子を育てている。
その事実は、無意識のうちに私に母性を抱かせていた。
「……きっかけがどうであろうと、せっかく宿った命を殺すことなんて、したくない。今は、堕すことは考えられない……かな」
「……そっか」
小さく頷くと、静香は言いにくそうに口を開いた。
「これは私の個人的な意見だから、参考程度に聞いてほしいんだけどね?」
「……うん」
「その子を産んだら、多分美玲は自分の時間なんて無くなるし、嫌になることだって絶対たくさんある。まして万が一一人で産んで育てるってなったら、並大抵の覚悟じゃやっていけないと思う。産んだらそこで終わりじゃない。そこからが本当の始まりなんだから。酷いこと言うようだけど、その覚悟が無ければ私は産むべきじゃないと思う」
「……」
静香の言うことは尤もだ。
産むのなら、途中で投げ出すことなどできない。しっかりと育て上げなければならない。
「ご両親にだって報告しないといけないでしょ?」
「……うん」
「"妊娠しました。堕したくないから産みます"なんて言ったら、美玲のお父さん倒れちゃうよ?」
「た、確かに……」
お父さんは私をとても可愛がってくれる。彼氏ができたと言うだけで微妙な顔をするくらいだ。妊娠だとなれば倒れる可能性も容易にある。
「もう美玲一人の身体じゃないんだから。
すぐに決めちゃうのは良くないと思うよ」
静香の声に大きく頷く。私を想ってくれての言葉だとわかるから、尚の事胸に響いた。
自分が子育てしている光景は全く想像が付かないし、このぺたんこのお腹が大きくなると言うのも全く想像付かない。
この子を産んだとして。果たして私はこの子を無事に育てることができるのだろうか。
そう考えたら、急に不安になった。
「……やっぱり、副社長にも話すべきだよね」
「うん。私はそう思うよ」
「わかった。……今度は逃げないで話してみる」
「うん。応援してる」
「ありがとう」
笑いかけると、静香も私を安心させるように微笑んでくれた。