一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

*****

「鮎原さん!」

「すみません、お時間をいただいてしまって」

「いえ、僕も鮎原さんにお会いしたかったので嬉しいです」


数日後、今度は副社長からの連絡をもらい、予定を合わせてこうして仕事終わりに待ち合わせをした。

駅で合流した後、副社長行きつけだと言う有名な高級和食料理店に案内された。

何も言っていないから当たり前だけど、お酒飲むつもり、だよね。

案の定、個室に案内されて開いたメニュー表には日本酒を中心としたアルコールがびっしりと記載されていた。


「何か食べたいものはありますか?」

「え、っと……あまりお腹は空いていないので、本当に軽いもので大丈夫です」

「そうですか?わかりました。お飲み物はどうなさいます?」


ノンアルコールのメニューを見ると、緑茶や烏龍茶、後はノンアルコールビールくらいしか無くて。

妊娠してから実感する。カフェインレスの飲み物は、探すとなかなか無いものだ。


「あー……ジンジャーエールにします」


唯一見つけた大丈夫そうなものを選んで一息吐く。


「わかりました」


ふわりと笑った副社長は、スマートに注文を済ませてくれた。

悪阻でいつ吐き気を催すかがわからないため、あまり食事をする手は進まなかった。

お腹が空いていないと言ったのは正解だったようだ。

しかし飲み物を飲む手もあまり進まず、呼び出しておいてなかなか会話を切り出すわけでもない私を見てさすがに疑問に思ったのか、副社長は困ったような顔で話しかけてきた。


「お話があると仰っていましたね。……お伺いしてもよろしいですか?」


揚げ出し豆腐を食べる手が止まった。
箸を置き、ジンジャーエールをゆっくりと一口飲んでから、深呼吸をした。


「……先日のこと、なんですが……」

「はい」

「……あの、お話ししなければいけないことがありまして」

「……はい」


なかなか勇気が出ない私を、副社長は根気強く何も言わないで待ってくれた。


「……これを」


そして、鞄の中から病院でもらったエコー写真を出した。


「……これは?」

「エコー写真、です」

「……え?」

「病院に連れて行っていただいた時に、妊娠の兆候があったので産婦人科を紹介されました。
……そのエコーを受け取った時が六週目って言われました。……私、今妊娠してるんです」


噛みそうになりながら、やっとの思いで喋り切る。

どんな反応をするのだろう。それが怖くて、無意識に呼吸は止まるし心臓はうるさく鳴り続ける。

下を向いていたから、どんな表情をしているかもわからない。

どれくらいそのままでいただろう。

固まっていた副社長をちらりと見上げると、驚きを隠すこともせずに私に視線を移した。
< 19 / 28 >

この作品をシェア

pagetop