ふたりで解く

知りたいこと、知らないこと





『その様子じゃキスもまだなの? 悠李に興味持たれてないじゃん。なんだ、彼女できたって言うからびっくりしたけど、すぐに別れそうだね。今日あたりクラブにでも誘おうかな』

 午後の暖かな陽が差し込む大学の廊下で、知らない女の子に声をかけられた。
 まつ毛がスッと伸びたメイクに、流行りのファッション。
 緩く巻いた髪もすごく似合っていて可愛い。
 悠李の友達だというその子は、映画館でわたし達が一緒にいるところを目撃したらしく、その時のことや付き合った経緯を根掘り葉掘り聞きたがった。
 もちろん、彼女に何も言うつもりはない。
 ただ一点だけ。
 悠李とどこまでしたのか、という質問だけは上手く交わせなかった。

『悠李、よくクラブで読モとか綺麗な人お持ち帰りしてたよ。その人達に比べたら、あんた全然地味だし。周りにいないタイプだから付き合ってみたんだろうけど、何もする気が起こらないんじゃない。セックスは超上手いらしいけど。残念だね』

 大きな溜め息を一つ吐くと、ティーカップの中のホットティーがゆらゆらと揺れる。
 大学内のカフェで空き時間をぼんやりと過ごしながら、さっき言われた言葉を思い出していた。
 正直、この間のデートで悠李と手を繋げたことが嬉しくて浮かれていただけに、他人から痛いところを指摘されると結構クるものがある。
 悠李と遊んでいた女の子達に比べたら、わたしなんて魅力の『み』の字もないだろう。
 そんなことは分かっているのに。
 ティーカップに口を付けると、砂糖の入っていないホットティーの苦味が口内に広がった。

「あれ、彩月じゃん。授業は?」

 聞き慣れた声に顔を上げる。
 悠李だ。
 慌ててティーカップをソーサーに置いた途端、カチンと大きな音が鳴った。
 思っていたよりも力が入っていたらしい。
 悠李は一緒にいた男友達数人と分かれ、わたしのいるテーブルの向かい側に座った。
 ゆったりとしたオーバーサイズの黒のパーカーに、窓から降り注ぐ陽の光が揺蕩う。
 
「休講になったんだよ。悠李こそ、どうしたの? びっくりした」

 悠李は緩やかに口角を上げ、頬杖をついた。

「大体、この時間はここにいるよ」
「そうなんだ」

 初めて知った。
 思えば、悠李とはずっと仲良くやってきたけど知らないことばかりだ。
 お互いに知らなくていいこともあるだろう。
 でも今のわたしは、悠李のことを少しでも知りたい気持ちでいっぱいだった。
 
「ねぇ、クラブって楽しいの?」
「どした、いきなり」 
「だって悠李、よく行ってるじゃん。どんなとこなのかなと思って」

 悠李が小首を傾げる。

「行きたいの?」
「どんな場所なのか知りたい」
「彩月は知らなくていいよ」
「何で?」
「変なやつがいるから」
「それなら大丈夫だよ。端っこにいるし」
「余計に目立つだろ」
「目立つ訳ないじゃん。誰にも気付かれないと思うよ」
「目立つよ。おれなら声かける」
「それはわたしのこと知ってるからでしょ? わたしも悠李がいたら声かけるよ」
「そういう意味じゃねぇよ」
「わたしのこと知らなかったら、端っこに人がいても気付かないよ」
「そこまでして何で行きたいんだよ。他の男と遊びたいの?」
「まさか。さっきも言ったけど、どんな場所か知りたいの。どんな人が来てるのかとか」
「彩月は知らなくていい」
「知りたいの」
「おれが知らなくていいって言った意味、分かってる?」
 
 ―――わたしが地味だから?
 ホットティーを一口、口に含む。

「……分かってるよ。お酒もたくさん飲めないし洋楽とかもあんまり知らないし。でもわたしも行ってみたいの」

 悠李は小さな溜め息をつくと、イスの背に押し付けるように身体を預けた。

「全然分かってねぇじゃん。おれは彩月と付き合ってから行ってないよ」
「じゃあ、また悠李が行きたいと思った時に誘ってくれたら、」
「嫌だ。行かない」

 つまらさそうに返事をした、悠李の冷めた視線が窓の外に向く。
 他の女の子とは一緒に行くのに。
 クラブでは女の子とたくさん遊ぶのに。
 わたしとは行きたくないらしい。

「そっか、分かったよ」
 
 悠李からの返事はなかった。
 少しでも悠李のことを知れたらと思ったけど無理だった。
 やっぱり、わたしには無理だった。













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