異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

111 必死の祈り

まるで刻が止まったかのように、一瞬誰もがその場に凍り付き、呼吸するのも忘れていた。

それほどにシスティーヌ様は驚愕に目を見張っていた。

「あ・・あ・・」

ようやく彼女の唇が震えながら開かれ、次の瞬間その美しい瞳から一気に涙が溢れ出した。


「あ、ア・・アドル・・アドルファス」

彼女からその名が出て驚く。
涙が頬を伝い顎から滴となって落ちた。

「!!!!!」

三人で驚いて無言のまま互いの顔を見合わせる。

「あ、あああ、アドルファス・・ごめんなさい、許して…あ、頭が…」

頭を抑えて呻いたかも思うと、彼女がふらりと横滑りに倒れかかった。

「システィーヌ!」

カーライル様とアドルファスが手をかざし、二人同時に魔法を放って、システィーヌ様の体を止める。

ガタンと椅子を後ろの倒してカーライル様が駆け寄り、その体を抱き留めた。

システィーヌ様は酷く青ざめそのまま意識を失っていた。

「システィーヌ」
「は、母上!」

その時になって初めてアドルファスが彼女を母上と呼んだ。

「誰か、寝所の支度を!」

カーライル様が意識を失った妻を抱えあげ、大声で叫んだ。
システィーヌ様を抱えて寝所へと急ぐカーライル様の後ろを、アドルファスと共について行く。

「一体何が起こった。ここ最近は落ち着いていたのに」

慌てて整えた寝所に妻の体を横たえ、カーライル様が厳しい顔をする。

「まさか…」
「ユイナ?」
「ユイナさん?」

二人の視線が私に注がれ、私は彼女が倒れる前に自分が何を考え、願ったのかを話した。
心の中で願ったことだし、どうなってほしいと思ったわけではなかったが、その途端彼女の様子が変わったので、関係ないとも言えない。

「もし、そうなら、私のせいです。ごめんなさい」
「いや、ユイナが謝ることではない。意図せずやったことだし、その気持ち自体私を思ってのことだ」
「そうです。もしかしたらシスティーヌの中で何か動きがあったのなら、それは悪いことではありません。気にしないでください」

二人は私を責めはしなかった。

「記憶を封印するほど、お前の怪我が彼女を打ちのめしたとは言え、お前はこうして生きている。しかも、魔巣窟の毒が浄化され、傷はまだあっても、こうして元気になっているのだ。彼女もそろそろ現実を受け入れてもいいだろう」
「あの、彼女に触れてもよろしいですか?」

いくらか顔色が良くなっているのを見て、カーライル様に申し出た。

「私はまだ力を自分の意志でうまく出すことは出来ません。それでも、システィーヌ様の回復のために祈らせてください」
「もちろん」
「是非そうしてくれ、ユイナ」

カーライル様が場所を譲ってくれて、横たわる彼女の直ぐ側まで行き、床に膝をついた。

そっと彼女の手首に触れ、脈を確かめると、思いの外安定したリズムで脈打っているのがわかった。

「良かった。脈は落ち着いているみたいです」
「脈?」
「脈とはなんですか?」
「心臓が一定期間拍動する回数のことです。体にちゃんと血液が巡っていることを確認するひとつの方法です」
「私たちの世界には魔法がなく、ここのように魔法で治癒したり、体の状態を鑑定したりする代わりに、体の異常を確認する方法を研究しています」

二人に説明しながら、彼女の瞼を捲ってみたり、体のどこかに異常がないか調べる。

「特に異常はなさそうです。精神的ショックで体が安全装置を働かせて気を失わせたのでしょう。心と体は密接な関係がありますから」
「アドルファスのことで記憶を失ったように…だな」
「そうです」

次に私は目を瞑り、彼女の手を掴みながら彼女の記憶がどうか戻りますように、そしてそれが彼女の心に二度と傷を付けないように、そう願いを込めて祈った。

(思い出してください。あなたが心から慈しみ、生まれるのを心待ちにしていた息子は、とても素晴らしい男性に成長しました。誇りに思っていいです。私も彼に救われました。自分のことを犠牲にしても大切な人を守ろうとする素晴らしい人です。どうか、目覚めて彼を抱き締めて褒めてあげてください)

私の体から彼女に熱を分け与えるイメージで、私は必死で祈った。

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