異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

38 焦燥感の正体

成績がいいとか、仕事が丁寧でいいね。とか、そういう褒め方はされたことはあるけれど、こんな褒められ方は慣れていない。

「外見を褒められるのは慣れていないんです。その…こそばゆいと言うか…」
「言っておかないと伝わらない。私の周りには、逆に言わないと怒る人が多いものですから」
「他の人はどうかわかりませんが、とにかく止めて下さい」

まだ空中に浮いたままで、互いの認識の違いを論じ合う。

「何が問題なのかわかりませんが、あなたが困っているのはわかりました。私の言葉のせいだと言うことも」

諦めたようにため息を吐く。ようやく話が通じてホッとする。でも彼は納得していないのがわかる。自分の努力に対する評価は嬉しいが、素直にありがとうと言えばいいだけなのに、それができない。可愛くないと元カレにも言われた。アドルファスさんもきっと呆れただろう。

「残念です。私の気持ちが伝わらなかったようで」
「え…」

叱られた子供みたいにシュンとなる。長いまつ毛が頬に影を落とすのが間近に見える。
その落ち込みぶりに、彼の言葉を拒んだ私が悪者みたいになる。
さっきみたいに茶化してくれると思ったのに、落ち込まれるとまた別の意味で困ってしまう。

「しつこいと嫌われてしまいますから」
「そ、そんなこと…あなたを嫌うなんてありません」
「本当に?」

薄っすらと目を開けて窺うように見つめてくる。

「もちろんです。アドルファスさんには感謝しています」

力一杯肯定すると、アドルファスさんの顔が綻んだ。イケメンの少しはにかんだ微笑みを目の前にして、目が潰れそうになる。

「あなたが当然受けるべき待遇です。巻き込んだのは我々です。もっと色々要求して我儘を言ってください」

彼の言うように誘拐も同然に突然異世界に連れてこられた。
でも彼らの事情を聞くと、本当に困っているのだとわかる。
魔巣窟の被害で人々が住処や大切な人の命を脅かされている時に、私一人が文句を言える立場ではない。

「我儘なんて…」

言い慣れていない。むしろ要求を呑み込み、やり過ごしてきた。体調が悪い時は側にいてほしい。宿題の家族の似顔絵を描くので、モデルになって欲しい。他の人から見れば当たり前の子供の要求でも、遠慮ばかりしていた。

「それでも、路頭に迷わずこうしていられるのはアドルファスさんのお陰です。その上こんな素敵な景色まで…これを見られただけでも、ここに来て良かったと思います」

我儘を言い慣れていないから、どうすればいいかわからない。
ただ、眼下に広がる王都の美しい夜景を見つめる。
人工的な灯りが灯る夜の都会もいいが、こちらの方がより幻想的だ。

「ここでの思い出が少しでもいいものになったと思っていいですか?」
「はい。見せてもらってありがとうございます。空中散歩も貴重な体験でした」

経験したわけではないが、無重力の宇宙空間で漂うというよりは、海の中、水圧を感じながら浮いている感じだった。

「私も、今日は美味しいものを食べることができました。あなたが我が家に来なければ、一生味わうことが出来なかった」
「少しは恩返し…できましたか」

この世界では私は何の役にも立たない厄介者。
そんな私を責任だからと面倒見てくれるアドルファスさんやレディ・シンクレアに少しでも私が居て良かったと思ってもらえたのだとしたら、私の存在にも意味があったと思える。

「恩返しなど…律儀ですね。それがあなたの良いところなんでしょうが、そんなこと気にせず、あなたはさっきのようにただ楽しんで笑顔を見せてくれればいいんです。それで私は満足です」
「私は浄化などできません。この世界を救うとか、大きな責任もないですが、何の役にも立たない人間だと思われたくないんです」

財前さんの活躍を期待する気持ちの影に感じた焦燥感。
それが役立たずだと思われたくないという自分の承認欲求だったと今ならわかる。

「あなたは無価値などではありません」

きっぱりと言い切るアドルファスさんの言葉は、容姿を褒められるよりずっと私が求めていたものだった。

「私が怪我をして騎士団を去ることになった時、やはり私もあなたと同じように自分の存在意義について考えました。騎士だった時は誰よりも強くあろうとしました。レインズフォード家の嫡子として、陛下の覚えめでたき騎士として、自分が誇らしかった」

アドルファスさんは都の方に顔を向けた。でもその瞳はどこか遠くを見ている気がした。多分かつて、怪我を負う前の頃を思い出しているのだろう。

「いずれ父の後を継ぐことはわかっていましたが、騎士としての道を断たれることを、頭ではわかっていても、心は納得できませんでした」

アドルファスさんの起こした魔法か自然のものか、風が柔らかく頬を撫でる。
仮面のない方の横顔を見つめた。

「でも今はこうして騎士学校の教師として勤めることに生きがいを感じています。私ができることは、少しでも生徒たちに技術を身につけさせ、彼らが自らの命を護れるようにすることです」

そこで彼は私の方を振り返る。

「元の生活を取り戻してあげることはすぐにできませんが、せっかく今はここにいるのですから、難しいことは考えず、楽しんでみませんか」
「楽しむ?」
「もし必要なら、私がここにいる間のあなたの役割について、考えてあげます」
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