異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

63 矛盾

夜の闇にぼんやりとした明かりが見える。

「今夜も『夜の貴婦人』が花を開かせているな」

窓の外を眺めていた私にアドルファスさんが言った。

「昨夜は気づきませんでしたが、ここから温室が見えるんですね」

私が使っている部屋はこことは違う方向に窓があり、見ることはできない。

ここはアドルファスさんの部屋で、私は今、彼と二人でここにいる。

レディ・シンクレアとの会話を終えて、一度は部屋に戻ろうとした。けれど別れ際アドルファスさんが「ドライヤーが必要でしょう。また後で部屋へ来てください」と言い、そのままのこのこやって来てしまった。

昨夜は具合の悪くなったアドルファスさんのことに気を取られ、窓の外など見る余裕もなかったから、ここから見る景色に気づかなかったのは当然だ。

「今日で見納めかもしれませんね。あの花の開花の時期は短いですから」

体温が感じられるくらい近くにアドルファスさんが立ち、私も少し体を傾けた。そんな私の腕を優しく掴んで、頭頂部に唇が触れたのがわかった。
恋人の提案を受け入れて、レディ・シンクレアにも宣言し、ここへ今夜来るということの意味が何なのか。
大した経験はないけれど、それがわからないほど初心でもない。

「さっきの話…もし私に何か力があるとしたら、私はどうなりますか」

財前さんのおまけ。異世界から来ただけの無力な人間。だから私はここにいる。それが覆ったら、私はどのように扱われることになるのかと、不安になった。

「聖女…とまではいかないとしても、財前さんと神殿に住むことになるのでしょうか」
「たとえ何か特別な力があって、その力を使って何か出来ることがあったとしても、あなたがしたくないことを無理強いすることはありません」
「私が…したくないこと」
「はい。あなたがいたい場所にいて、あなたがしたいことをすればいい」

どこまでも甘く優しい声。触れる手も何もかも、初めて会った時から彼は私に優しかった。

「私の望みは…元の世界に帰ること」
「そうですね。あなたにはあなたの生きてきた世界があり、そこには昔からのあなたを知る人々がいて、あなたのことを大切に思う人も…」

始めはそう思っていた。間違って召喚されたのなら、ここに私の居場所はない。聖女じゃないならここにいる意味がないし、厄介者扱いされながら居座るなんて辛いだけ。

アドルファスさんの言うとおり、二十九歳になるまで生きてきた世界が私にはある。

元の世界に戻って、アドルファスさんのように優しく私を迎えてくれる人がいるかと言えば、誰もいない。
家族との関係は良いとは言えないけど、やりたかった仕事にも就けて、それなりに楽しく過ごしていた。

「この世界に来た時ほど、帰りたい気持ちは強くないんです。でも、帰ることが出来るなら、帰りたいとも思っています。矛盾してますよね」
「悩んで出した答えなら、きっと後悔はしないでしょう。慌てる必要はありません。ここにいる間は、旅行にでも来たつもりで楽しめばいい。私にできることなら、何でも協力しますよ」

二の腕を優しく撫で上げ、肩から首へ、そして顎を捉える。顔を上向きにされ、唇が近づいてきて今にも触れそうになる。

「私に都合のいいことばかり。そこまでしてアドルファスさんに得があるんですか」
「あなたに出会えて、こうして触れることが出来るなら、それだけで私は幸せなんです」
「それだけで…いいんですか」

くるりと体を反転させて彼と向き合い、私から唇を重ねた。
すぐに離そうとすると、追うように唇が迫り貪欲に唇を貪り始めた。
あっという間に分厚くざらついた舌が侵入してきて、口腔内を蹂躙し始める。立っていられなくなって彼にしがみつくと、さっと膝の下に腕がまわり、横向きに抱きかかえられた。

「んん…は、あ…」

酸素を求めて喘ぐと、ほんの少し唇を離して私を抱えたままベッドへと力強く歩き出した。

壊れ物を扱うように優しく仰向けにすると、彼もベッドへ身を乗り上げ再び唇を重ねてきた。

唇が触れ合ったまま、腰紐を解き裾から忍び込んだ来た手が太腿を軽く掴んだ。

「あなたの肌はとても柔らかくてすべすべしている。なんて気持ちがいいんだ」

何度も手が行ったり来たりして肌を滑る。

次第に手は上へと移動していき、骨盤から腰へ、そして脇腹を通って行く。

「は、あ…あ…」

一流のエステシャンのように、絶妙な力加減で手が肌に触れていく。その手は皮膚の下を流れるリンパを流し、同時に官能を呼び覚ましていった。

「ん…」

うっとりとため息混じりの吐息を吐く。触れる手の温もりとは別に自分の内側からも発熱しているのがわかる。服の上からゆっくりと片方の乳房を揉まれ、気持ちよさに震えが走った。

「アドルファスさん…」
「アドルファスと呼び捨てでいい」
「アドルファス」
「ユイナ」
「これ、脱がしてください」

二人の間にある布地すら煩わしくなり懇願すると、彼の瞳孔が猫の目のように開いた。

「喜んで」
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