垢玉


 という藍ちゃんの声が聞こえる。コガネムシは依然として僕たちの周りを旋回し続けている。煩わしい。けれどこれは儀式の一つなのだ。僕らはお互いの内側の醜さを認め、それを咀嚼した。コガネムシは僕たちの内なる世界に入り込んだ……ファンタジーの化け物のように思える。



「食べてもいい?」

 身を乗り出し、僕の顔の目の前まで、彼女は迫る。

「食べてもいい? コガネムシ」



「そうだよ。食べるんだよ。全て僕たちの内側にするんだよ。何もかも、僕たちの臓器として生かすんだ。それはとっても素晴らしことなんだ」



 彼女は両手を広げた。女神の翼みたいに、綺麗で細い白色の手を広げ、空中を旋回するコガネムシを生きたまま捉える。



 彼女の笑顔は、この世のものとは思えない程美しく、恍惚とした表情だった。



 凄まじい羽音を立てながらもがいている小さな命を口に含む。その途端に音は止んだ。命が尽きたのと同時に、僕の視界にはより鮮やかに発光している虹の架け橋が映った。



 虫を口に含んだ彼女の背景に、黄金の空と虹の架け橋が見える。



 これはアナタの身体の内側に存在する大切な器官の一部なのです!



 また幻聴が聞こえたみたいだ。僕はオカシクなってしまったのかもしれない。



 藍ちゃんの口から、バラバラになったコガネムシの羽が落ちた。



 小間切れになったフィルムの断片のように、目の前の光景は僕の網膜を流れる。



「ねぇ、瀬戸くん。私ね、神様の声が聴けるみたい。不思議でしょう? でもね、ほんとなの。ねぇ、アナタも聞こえるでしょ? アナタも、きっと聞こえるはず」



「もちろん聞こえるよ。きっと誰もが聞こえる声なんだ。でもね、みんなそれに気が付かないんだ。みんな忙しすぎて、内側からの声なんて聞こえないんだよ。残念なことに」



「じゃあ、耳を傾けるの。ジッとして、内側の声に従順になるの」



 内側の声が聞こえる。恐ろしく、怖い顔をした何かが、僕に囁く。



 コガネムシの死体は、アステカ文明の儀式の生贄となった人間のような凄みを帯びていて綺麗だった。





 これはアナタの身体の内側に存在する大切な器官の一部なのです!





 僕たちはいつまでも、いつまでも、こうして二人の閉じられた世界で、醜悪な内側の声を聞き続けるだろう。
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