囚われのシンデレラ【完結】


それから3日――。

家にも帰らず三日三晩、尽くせる手はすべて尽くした。

(――記事の掲載だけは、なんとか食い止められるかもしれない)
「うまく処理してくれて助かった」
(いや、録音があったからこそだ。これからが勝負だ。とにかく、漆原には用心しろ)
「……分かってる。じゃあ」

重い腕で受話器を置く。漆原が取引している出版社を遥人が突き止めた。立場上表立って動けない俺の代わりに、遥人が足と伝手を使い情報を集めた。

 その中で分かったことがある。
 漆原の背後に、どの程度の力を持った人間がいるのか、それが誰なのか。調べれば調べるほど、漆原がどれだけ危険な人間なのかを思い知った。

 秘書を帰らせ、一人深夜の執務室で深く項垂れる。額を覆う自分の手の冷たさに絶望を感じる。

 この三日考え尽した結論。どれだけ否定したくてもどうしてもたどり着く結論を前に、やりきれない無力さを覚える。

おそらく、これが現在取り得る最善の策――。

これ以外の選択肢は、ない。

分かっている。
あずさを守るための、最後に俺が出来ること。

何度も何度も考えた。弁護士とも議論を繰り返した。

『相手が悪すぎる。中途半端な駆け引きは、余計に奥様を危険に晒すことになります。簡単に潰れてくれる相手ではありません。相手を完全に叩くまでに、激しい抵抗にあうかもしれません。それなりの代償を払わなくてはならない可能性もある。奥様の身を守ること、それが何より一番大切なことです。大きな賭けに出る時、守るものはない方がいいのです』
『分かっている――』

相手は、秩序も正論も通用しない。
権力は暗躍して、法律でさえ歪ませることが出来る。
 漆原は、それだけの力を持っている。そんな相手と対峙しようとしている。

 漆原は、俺の一番大切なものが何かを完全に分っている。漆原にとって、一人の女性の人生など、取るに足らない軽いもの。

 もはやそこに意味はなくても、意地とプライドというくだらないもので簡単に他人を傷つけてしまえる。
 漆原の逆鱗に触れた以上、逃れられないことだったのだ。

 俺と一緒にいる以上、常に危険に晒すことになる。

 何の皮肉だろうか。あずさとの未来を見るためにしようとしたことが、あずさの手を離さなければできないなんて。

 額に置いた手を強く握り締める。小刻みに震えるのは、心も凍り付いていくからか。

”西園寺さん、好きです。ずっと、西園寺さんのことだけを好きだった”

ようやく向き合えた、あずさの本当の笑顔。ようやく、心のままに愛せると思っていた。

”西園寺さん”

あずさの声が響いて、激しく心を揺さぶる。

”何があっても、私と一緒にいて――”

あずさに話さなければならないことを思うと苦しくてたまらない。どうしたって、俺は、あずさの笑顔を歪ませてしまうことになる。

 ふらりと立ち上がり、もたれかかるように窓ガラスに額を当てた。そして、拳を窓に打ち付ける。

俺のすべてで守るから。どうか、頷いてほしい。

そう願いながら、心が押し潰されそうになる。

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