甘くてこまる
眠かったのは、早起きのせいだけじゃ、ないと思うけれど。
昨日の夜は、ずっと郁のことを考えていてなかなか寝つけなかったから……。
「そういえば、たぶん千坂、せいらのこと待ってるよ」
「ほぇ?」
千坂というのは、紘くんの苗字。
千坂 紘が、紘くんのフルネーム。
「昇降口のとこで、ひとり、突っ立ってた。相変わらずの能面だったよ」
うみちゃんが、わざとらしく唇を真一文字に結ぶ。
中学の頃からうみちゃんが度々するそれは、どうやら紘くんのモノマネらしいけれど。
「紘くんは能面じゃないってば。うみちゃんが思ってるより、ぜんぜん、表情豊かなんだからねっ」
「はいはい、それはせいらの前だけね。千坂の表情筋が動くのは、せいらにだけでしょ。……いや、もうひとり、矢花がいるか」
中学生の頃から仲良しのうみちゃんは、わたしのことはもちろん、郁と紘くんのこともよく知っている。
「矢花は、桜英学園に進んだんだっけ?」
「うん。芸能科があるからって」
桜英の芸能科は、単位制。
お仕事のスケジュールに合わせて、時間割を組めるようになっていて、忙しくても卒業できる。
そんなことを、郁が言ってた。
「ふーん。この前もゴールデンのドラマに出てたし、いよいよ本格的に芸能人って感じね。中学校の頃のエピソードとか、週刊誌に売ったら稼げるかな」
「ちょ、うみちゃん!」
「冗談だって。ていうか、せいらにもそろそろ彼氏のひとりやふたり、できるときが来たんじゃない?」
「……へ? どうして?」