一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
――ずっと、この居心地の良いシェルターにいたかった。
クロエさんと、ちぃちゃんと。

だけど、そういう訳にはいかない。


どんなに好きでも、俺とクロエさんは、それぞれ一人の人間だから。


寄りかかっているのは楽だけれど、楽になるために、クロエさんに幸せにしてもらうために、好きになったのではないから。



「クロエさん……また、契約しませんか?」

「契約……?」


「そうですね……。
一、一日に一回は、一言でも良いから連絡をする。
……どうですか?」


零れてしまいそうな涙を誤魔化そうと、瞼を擦った。

ちゃんと送り出す事が、自分なりの精一杯のクロエさんへのお返しのつもりだった。
だけど、やっぱりそれは簡単なことじゃない。


「……わかった。連絡する」


クロエさんはそう答えて、ゆっくりと瞼に口づけをした。

もう一回してくださいと、自分から言った日を思い出した。
赤いリボンをちぃちゃんから取り上げて、クロエさんに見つからないように、ゴミ箱の奥深くに入れた事も。


「二、長期の休みには……会いたいです」


堪えられずに零れてしまった涙を、唇ですくいながらクロエさんは「うん、会おう」と言った。

初めてクロエさんの前で泣いた日も、こうしてくれた。

いったい自分は、どれほどこの唇に救われてきたんだろう。



「三……。
クロエさんは、何か……ありますか?」

「……頑張らないで」

「頑張って、じゃなくて?」

「頑張ってる人に、頑張ってなんて言わないよ」

「わかりました…」



新しい契約を交わし、何度も何度も、口づけを交わした。


一年でも、二年でも……きっと大丈夫。

不安がないわけじゃないけれど、辛くなったらクロエさんの唇を、手を、一緒に過ごした夜を思い出すから。





「イギリスに行くまでに、ミントチョコのアイスクリーム、またつくってくれますか?」

「……そのつもりでミント買ってきた」




その夜、夕飯というのにはあまりに遅い時間にレモンクリームパスタを食べ、食後にミントチョコのアイスクリームを食べた。

クロエさんは「本当はミントチョコ、食べられないんだ」と言ったので、「知ってましたよ」と笑って返した。





―― 了 ――
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