スパダリの秘密〜私の恋人はどこか抜けている〜
fake jealousy



 その日の昼休み前。有紗が午後一の会議に備えて準備をしていると、上司の仮面を被った慶汰が近づいてきた。

 今日は午後から大事な社外会議に出席するらしく、珍しくかっちりとネクタイを締めている。真面目な姿も様になると朝から女性社員たちが黄色い声をあげていたが、そのネクタイを締めたのは有紗であった。

 慶汰はネクタイを締めるのが苦手だからと、着用する日は必ず有紗にお願いする。そして有紗は「仮にもビジネスマンなのに」と言いつつ、得意げに彼のネクタイを締めるのがお決まりだ。

「柏野さん。S社のプロジェクトだけど、急遽クリエイティブ担当が変わったらしい」
「変更、ですか?」

 先日有紗がコンペを勝ち取ってきたS社は、国内大手の教育機関。今回海外進出に向けた広告担当を任せてもらえることになり、有紗がプロジェクトリーダーとして抜擢されていた。

 そのキックオフミーティングが本日社内で行われる予定なのだが、どうやらそのメンバーが一部変更になるとのこと。

「羽鳥(はとり)さんって人。サンフランシスコ支社からヘルプで一時帰国してるらしいんだ」
「えっ……」

 久しぶりに聞く名前に、有紗は驚きのあまり目を見開く。
 慶汰は表情変化を目ざとく察し、有紗の顔を覗き込んだ。

「……柏野さん?」
「あ、いえ……羽鳥さんですね。承知しました」
「ああ、それじゃあよろしく頼む」

 平静を装って答えれば、慶汰は特に気にも留めずに去って行く。上手く誤魔化せたと、有紗はほっと胸を撫でおろした。

 羽鳥大樹(だいき)は、三年前サンフランシスコ支社へと異動になったクリエイティブ入社の同期。そして、有紗が二年ほど付き合った元彼でもあった。

 慶汰と付き合っている今、未練のカケラもないが、海外赴任をきっかけに有紗から別れを告げた過去があり、どこか切ない記憶が蘇ってくる。 

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