あなたに食べられたい。

 片付けを終え店の鍵を閉めていると、通りの向こうからジローが歩いてやってくるのが見えた。
 栞里は嬉しくなって小走りで駆け寄った。

「もう閉店か?」

 営業時間は午前十一時から午後六時までだ。一時間も前倒しで閉店したことにジローは驚いていた。

「すみません。今日作った分は全て売れてしまったんです」
「そうか……。抜け出してくるのが遅かったな」

 ジローは露骨にガッカリしていた。
 昨日、あれほどエゴサーチしたけれど画面に羅列された文字よりも栞里のサンドウィッチを食べられなくて悔しがるジローの方がよっぽどしっくりくる。
 栞里はバッグの中を探り、持って帰るつもりだったタッパーをジローに渡した。
 
「これ、今度お店で出そうと思っている商品の試作品です。良かったら食べてください」
「いいのか?」
「その代わり感想を聞かせてくださいね」
「それは責任重大だな。心して食うか」

 ジローは茶化しながらも快く試作品のタッパーを受け取った。

 変わった人だなあ……。

 栞里はジローの背中を見送りながらしみじみと思った。
 急成長企業のCTOなら栞里のサンドウィッチよりもっと美味しい物を食べられそうなものだが、試作品ひとつであれほど喜んでくれる。
 ジローがいつも着ているのは高級ブランドでもなんでもない大衆メーカーのパーカーだし、なんなら栞里も同じメーカーのセーターを持っている。
 ジローは飾らない。
 いつも自然体で見栄をはらない。
 社会的身分をひけらかしたこともなければ、見下したり横柄な態度をとることもない。
 栞里はそんなジローにいつも救われるような想いを抱いていた。
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