婚約破棄されたい公爵令息の心の声は、とても優しい人でした
 ……やはり顔は良い。黙っていれば本当に完璧なまでの美男子だ。
 令嬢達が放っておけないのも頷ける。

 私の視線に気付いたのか、素の表情に戻っていた彼は咄嗟にお手本のような笑顔をその美しい顔に貼り付けた。

「う……うれしいなぁ! 君が僕の婚約者になってくれて! これからよろしくね! レイナちゃん!」

 心にもない事を嬉しそうに言うと、右手を私に差し出し握手を求めてきた。

(とりあえず、仕方ない。今だけだ。これからとことん醜態をさらして、絶対に婚約破棄したくなるような駄目人間になってみせよう)

 だからなんでそんな方法なのよ……? あなたがハッキリと断ればいいだけでしょ?
 だけどそちらがその気なら、私からも婚約破棄する気はない。
 その茶番劇にとことん付き合ってやろうじゃないの。

 私は大袈裟なほどニッコリと微笑み返すと、

「ええ。末永く、仲良くしましょうね。ヴィンセント様」

 差し出された手を取り、私達は握手を交わした。
 握り合うその手を、彼は楽しそうにブンブンと上下に激しく動かし始めたので、私は「ふん!」と手に力を込めてその動きを無理やり封じ込めた。

(なっ……動かない……! なんて馬鹿力なんだ!)
 
 どやかましいわ。

 そのまま私達は表面上は友好の握手を交わしながら、ニコニコと似たような笑みを浮かべて見つめ合った。

 そんな私達の本心など知る由も無く、二人の父親は嬉しそうな顔で私達を見つめては目に浮かぶ涙をハンカチで拭っていた。
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