婚約破棄されたい公爵令息の心の声は、とても優しい人でした
「レイナちゃぁーん……たすけてぇぇ」

 ヴィンセント様は地に伏せたまま、泣きそうな顔で私に手を伸ばし助けを求めてくる。
 まるで外を歩き始めたばかりの子供がコケて、母親に泣き縋るような姿にも見える。

(どうだ? こんな情けない姿の俺に手を貸そうと思えるか? いいんだぞ? 別にこの手を振りほど――)

 心の声が話し終わるよりも早く、差し出された手をガシッと掴み、力任せにグイッと持ち上げた。勢い良く引っ張られた彼は、グンッと体が浮かび上がる程飛び上がると、ストン……と地に着地した。
 幼い頃から畑仕事や薪割り等の力仕事をしている私は、小柄な体であるにも関わらず体力と腕力には自信がある。

「……」

 彼は直立不動で唖然としたまま暫く沈黙した後、ハッと我に返るとすぐにヘラっと気の抜けた笑顔を見せた。

「あ……ありがとう! レイナちゃん!」

 そう言って笑う額には動揺の汗がつたっている。

(くっ……! やはりこの程度の事ではレイナには通用しないか。……ならば次はもっと地面に顔をこすりつける様にして無様な姿を――)

「ヴィンセント様はよくコケるのですから、今日はもう走るの禁止です」
「え……」
「さあ、時間が無いので、早く馬車に乗りましょう」
「あ……うん! わぁーい! 馬車だぁー! 嬉しいなぁー! 僕、馬車大好きなんだ!」

 馬車を見て大はしゃぎする彼の姿は子供そのもの。
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