初めては好きな人と。

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 物心が付いた頃には、私は施設に居た。
 後になって聞かされた話では、両親を交通事故で亡くして身寄りもなかったため、児童養護施設で暮らすことになったそうだ。

 施設は、よく言えば寮のようなもので、そこには「家族愛」などは存在しない。
 細かく決められた時間とルールを守り、大きくなれば学校と施設の往復を繰り返すのみの無機質なルーティン。
 親の記憶がほとんど無かった私は、家族の愛を知らず施設が自分の当たり前だった。

 でも、施設に居る他の子どもが両親に会いたいと泣き叫ぶのを目にしていた私は、反対に知らなくて良かったのかもしれないと思っていた。

 そんな私と同じような目で他の子どもたちを見ている子どもが一人居た。

 それが、護だった。

 彼も身寄りがなく、小さいころから施設に入っていて、私と似た境遇の護は、気が付けばいつも一緒にいる存在で、先生や施設長の目を盗んでは二人で施設を抜け出して遊んでいた。


 けれど、そんな楽しい時間は長くは続かなかった。

 幼少期から頭が飛びぬけて良かった彼は、小学生で英検に受かるなどし一時テレビにも取り上げられるほど天才児として注目を浴びたことがあり、程なくして、彼を子どもに迎えたいと養子縁組の申し出が来て、護は小学校5年生の時に施設から出ていってしまったのだ。私が小学校3年の時のことだ。

 別れの日、彼は私の手を取り優しく握るとこう言った。


『必ず、迎えにくるから。待っていて、美月』


 私たちは幼かった。いくら彼の頭が良いと言っても、所詮小学生だ。けれども、力強く発せられたその言葉と、手から伝わる温かさに、私は『うん、待ってる』と涙ながらに返した。

 決して、果たされることは無いと、幼いながらにわかっていた約束を、けれども忘れることなど出来ずに、心の奥底にしまっていたのだ。

 その彼が今、目の前に居るなんて。

 私は、案内された先、ホテルの敷地内に立てられている純和風の日本家屋のレストランの個室で、彼と向かい合って座っていた。

 11年ぶりの再会に、昂る胸を必死に鎮める。出来るだけ彼を見ないように、ひざ元で握った両手に視線を落とした。

「突然割り込んでしまい、申し訳ございませんでした」

 和室に置かれたテーブル席に座るやいなや、護が頭を下げた。社長と奥さんは椅子から立ち上がって「頭をあげてください」と護を促す。

「比田井さんには、感謝しかありません。美月ちゃんだけでなく私の会社まで救ってくださったのですから」

 社長は、私に目を向ける。

「美月ちゃん、気づいてやれなくて本当に申し訳なかった…、どうお詫びすればいいか」
「本当よ…、もう少しで美月ちゃんをあんな家に…、取返しの付かないことになってたわ」
「社長、絵里子さん、お詫びなんてとんでもないです。私の方こそ、こんなことになってしまって…」
「多田野建設のことなら心配はいりません。変に逆恨みされても後々面倒なので、倒産はさせませんし、こちらには二度と手出しできないよう代わりに誓約書を書かせます」

 私の不安を察した護がそう言った。

「何から何まで、ありがとうございます。…でも、比田井さんがどうして助けてくださったんでしょうか?」
「美月さんとは幼馴染なんです」
「えぇっ」

 社長と絵里子さんが驚きの声をあげる。比田井グループの御曹司と、施設育ちの一介の小娘が幼馴染なんて、信じられなくて当然だ。二人は私と護を見比べて、本当なのか、どうして今まで黙ってたんだと口にする。

「幼馴染といっても、昔のことだし…、私も彼が比田井グループに居るとは知らなかったんです」

 本当に、驚いた。
 裕福な家庭に引き取られたということは、施設の大人たちの噂話から耳にしては居たけれど、まさか、比田井グループだったなんて。

「募る話もあるでしょうから、私たちは失礼しよう」
「そうね。また後でお話聞かせてちょうだいね、美月ちゃん」
「は、はい。お二人とも今日はありがとうございました。また後でお着物返しに伺います」

 襖がトン、と閉められ訪れる静寂。
 どうしよう、信じられなくて、心が追いつかない。なんて言葉を掛けたらいいんだろう。

「信じられない、って顔してるね」


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