初めては好きな人と。

3


「お、おじゃまします…」

 私の住むアパートの前に時間通りに停まった車に恐る恐る乗り込む。運転席の護はそんなおっかなびっくりの私を笑いながら「どうぞ」と言った。今日の彼は、もちろんスーツではなく、私服だ。チャコールグレーのハイネックニットに綿素材のチノパンという至ってシンプルなコーディネートを難なく着こなしている。

「かっこいい車だね」

 私のバカ。車じゃなくて護を褒めたいのに。かくいう私も、家にあるなけなしの私服からできるだけ清楚に見えるニットのワンピースを選んだ。9月も下旬となり、風が一気に冷たくなったから、念のためコートも携えて。

「ありがとう。ついこの間納車されたお気に入りの車なんだ」

 ハンドルを撫でながら、護は嬉しそうに言う。大きいタイヤに、角ばったボディと、護の穏やかで優しいイメージからは想像が出来ないアウトドアな車だった。

「車、何台持ってるの?」

 この前送ってくれた時の車は輪っかが4つ連なったマークの高級外車だったし。

「プライベートはこれだけだよ。この前のは社用車」

 社用車が外車とか、すごい。私は「そうなんだ」としか返せない。

「それで、本当に今日は俺の好きにして良いの?美月の行きたいところで良いんだけど?」
「もぉ、これはお礼だから私じゃなくて護の好きなとこで良いよって何度も言ってるじゃない」

 先週再会した日に連絡先を交換してから今日まで毎日のようにやり取りをして、今日は護の好きなことをする、と決めたのに。護ってばまだ私に気を使っている。

「そう?じゃぁ、お言葉に甘えて付き合ってもらおうかな」
「もちろんだよ!」

 どこへ行くのか聞いても、「内緒」と教えてくれない護は、程なくして駅ビルの駐車場に車を預けて私たちは車を降りた。

「こっち」

 係の人から駐車券を受け取った護は、私の手を取って歩き出す。あまりにも自然な流れに、私はされるがまま護についていった。

 手を、つないでる。
 護と私が。
 そのことにばかり気を取られて、行先がどこかなんて考える余裕もなくて気づけば駅ビルの映画館の前まできていた。

「映画?」

 首をかしげる私に護は少し恥ずかしそうに笑う。

「だめ…かな?月並みだけど、美月と普通のデートがしたかったんだ」

 その、仕草がたまらなく可愛いと思ってしまった。

「全然!ダメじゃないよ!私映画館なんてすごい久しぶり!護はどれ観たいの?」

 そう聞いても、ホラー以外ならなんでも良いと言って決めてくれないので、仕方なく私が観たいと思っていたシリーズもののアクション映画を選ばせてもらう。
 映画のチケットもお決まりのコーラとポップコーンも全部護が会計を済ませてしまい、払うと言っても受け取ってもらえない。

「これじゃぁ全くもってお礼にならないんですけどぉ」
「あのさ美月。こういうのは男に払わせてもらわないと、かっこが付かないんだよ」
「じゃぁランチは私が出す」

 意気込んで手をあげたのに、「ごめん、美月に出させるつもりない」とバッサリ言われてしまった。

「なにそれぇ~」

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