君が記憶を取り戻したら、 きっと一緒にはいられない。
 君との思い出は常に消えていくことになる。だけど、君の恋は続けたいし、思い出もたくさん作りたい――。

 目の前に広がる海をぼんやりと眺めている。9月の海は穏やかだ。僕は今、昨日、ここで君に言われたことを思い出している。

 別に事実を簡単に伝えられただけだ。どんな人もきれいな思い出も、切なく感じた気持ちも、いつかは風化し、波にさわられるようにゆっくり忘れる。

 だけど、君の思い出は簡単に消えていく。

 君は昨日、僕と一緒に眺めた、この景色すら忘れてしまうのだろうか――。


「私、そんな呪いにかけられたんだ」

 リリはそう言って、微笑んだ。その微笑みは不気味な暗示を感じ、嘘や思いつきでそんなことを言っているわけじゃないんだと、僕は強く思った。

 二人で9月の海辺を歩いている。季節が進んでいるのがわかる。今日は珍しく風は穏やかだけど、空気はいまいち暖まっていなかった。息を吸うたびに気道に冷たさを感じた。

「でも、どうして、そんな呪いなんか、かけられたんだろう」
「ハツミくん、これは運命なの。私の。だけど、自分の人生を生きなくちゃいけないでしょ。だから、私はこの呪いに抗うように生きているの」

 リリのショートボブが風で弱く揺れた。リリの呪いは毎週、金曜日。1週間おきに記憶がリセットされる呪いらしい。

「ねえ、だけど、ハツミくんのことは忘れないよ。――きっと」
「うん、信じてるよ」
「こうやって、ずっと居れるように努力するね」

 今日は木曜日だ。憂鬱だ。

「はやく呪いが解けるといいね」

 僕はそう言って、微笑もうと思ったけど、きっと自分が思っているより上手くいっていない、引きつった表情になっている気がした。

 だけど、リリはそれをひっくるめて、僕に精一杯、微笑みをくれた。
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