LOVE, HATE + LUST

12-3





日曜日、午前7時30分。


「……」

「……」

二人だけの食卓、会話ゼロ。

「話しかけてこないで」オーラを発動中の私。

沈黙に耐えきれずに小さなため息のあと、蒼は思い切って口を開いた。

「——何を怒ってるんだよ?」

「……」

じと、と上目づかいに正面の蒼を見つめ、すぐに視線を落とす。


何を怒っているのかわからないなんて、蒼のほうが「ばかじゃないの」、だよ。



ゆうべ。


リゾート地にひとりで行っても楽しくないという私に、蒼は当然のように言った。

「俺が一緒に行く」


はい?

――私が喜ぶとでも思ったの?


一瞬、気が遠くなったけれど、平静を装いつつ訊き返した。

「……暉には、何て言うの?」

すると蒼は、呆れ顔で私を見た。

「普通に言えばいいんだよ」

「はい?」

私はがばっと起き上がり、眠そうな蒼を見下ろした。まさか。

「普通に、って……たとえば?」

「俺と行くって言えば?」

「なんで、って思われるんじゃない?」

「思われない」

「どうして?」

「あいつがバリに行く前に、朔に惚れたって言ったら、よかった、思い通りになったって言ってたし」

「……はい?」

「なんかちょっと勘違い入ってるみたいだけど、まぁ、それでもいいと思って訂正はしなかった」

「……」



なに? 何なの?

暉。私に断りもなく、なんで自分の友達とくっつけようとしてたのよ?

蒼。どうして私には言わないことを暉に言うのよ?

ずっとひとりもやもやしていた私は何なの?



私はぐい、と上掛けを手繰り寄せぐるぐると自分の体に巻き付けて、蒼に背を向けて寝転んだ。

「えっ? 朔、なに?」

上掛けを取られた蒼は呆然とする。でも私はもう何も答えない。


ほんとに、ばかじゃないの?

本人に言い忘れて第三者に告白してるなんて、何考えてるの⁈


「朔⁈」

体を折り曲げてサナギのように微動だにしない私を転がし、私の頭を両手で抑えて自分のほうを向かせた蒼は、一瞬驚いて息をのむ。

ムーンランプのやわらかな光のなか、ひそめた眉の下で悔しそうに涙をこらえる私の目を見たから。

「なに⁈」

うろたえた蒼は少し苛立たし気に声を大きくする。


――もやっとしていたあの無駄な時間を返して。

暉に言うよりもまずは私に伝えるべきじゃなかったの?


私は右のてのひらで蒼の顔を押しのけてまた丸くなった。

――以来、私は蒼とは口をきいていない。



「何が悪いのか、わかるまでじっくり考えてみるといいよ」

8時間ぶりくらいに私が発した言葉はそれだけだった。


ちゃんと言ってくれてなかったとしても……

わかっていなかったと言えば、嘘になる。

意地悪だけど、すごく優しい。暉から頼まれた義務だけで一緒にいてくれているわけじゃない。

あんなに必死に助けに来てくれたり、仕事を始めたばかりで忙しくて今週は来れないかもって言ってたのにずっと一緒にいてくれていたり、そういうことが特別なんだって、わからないわけじゃない。

ないけど。



カフェはお休みだけど、蒼は屋根部屋で仕事をしている。



駐車場の掃除をしていると、翔ちゃんが走ってやってきた。

「朔っ! 無事っ⁈」

そのままがばっとハグされる。ぎゅうぎゅうに抱きしめられて翔ちゃんの腕を叩く。

「くっ、くるしい、よっ!」

「あ、ごめん。けがは? 大丈夫なの?」

昨夜、寝る前にメッセージして、あの事件をお知らせしたのでびっくりして会いに来てくれたらしい。


私たちは中庭に面したカフェの外席でアールグレイを飲みながら話している。

「無事でなにより。彼、やるねぇ」

ついでに、昨夜の件についても愚痴ってみた。すると翔ちゃんはふーんと大きくうなずいてから言った。

「それはきっと、本人的にはすでに朔に自分の気持ちは伝えてあると思ってるんじゃないかな」

「ええ?」

「悪いと思ってなさそうなら、そうなのかもよ。いつも女子のほうから勝手に寄ってくるんでしょう? だったら自分からアプローチするのは、慣れてないのかも」

「そんなことってある? 基本中の基本、何も難しいことじゃないけど?」

「案外、基本は知らないのかも? ほら、バタフライはできるのに平泳ぎはできない、みたいな」

「うーん?」

「そんな感じなら、なんで朔が起こっているのか、きっとわかってないはずだよ。教えてあげたら?」

「ヤダ。いつも先読みして余裕の顔してるくせに、なんで大事なことを忘れるかな? もう少し苦しめばいいよ」

「朔、成長したね。つねに受け身で淡々としていたきみが、こんなに相手に対してぷんすか怒ってるなんて」

「えっ? そうなの? 自分では気づかなかった」

「彼は今まで気楽な関係しか持たなかったから、気づいてないだけだと思う。でも朔ももうわかってるでしょ? はっきり言ってくれなくても、大事にされてるって。でもはっきり知りたいなら、やっぱりちゃんと本人に訊いてみたらいいよ」

翔ちゃんは苦笑した。そしてアールグレイティーをひとくち飲むと、そういえば、と言って続けた。

「どうでもいいことなんだけどさ、佐々木千夏が結婚するらしいよ」

「えっ? 佐々木さんが?」

リスのような、計算しつくされたあざとかわいい千夏の顔を思い浮かべて私は驚いた。

「しかもさ、相手は内山さんだよ!」

「ええぇぇ? うそ!」

マーケティング部の内山部長。36歳でバツイチ。女子社員の間の呼び名は「くたびれた大人」。

10年前に新入社員の中で一番かわいかった女子と電撃結婚、その3年後にその妻が浮気、相手の子を妊娠。離婚届けを置いて妻が出て行ってしまったのだ。その後めっきり老け込んでしまったらしい(私たちは老け込んだ姿しか知らないけどね)。

専務がラウンドブリリアントカットの最高級ダイヤモンドだとすれば、内山さんはお手入れを怠ってくすんだ無色水晶。

どうした? 千夏。専務を狙ってたんじゃなかったの?

「どうしてそうなったの?」

「それがね……」

翔ちゃんは苦笑した。



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