曖昧な関係のまま生涯告白などすることのない恋心

 少しして現れたのは団長と四十代くらいの男性。

「待たせたね」

「いいえ、今来たところですから」

「こちらは、Fテレビの大東プロデューサー。彼女は、我が劇団の期待の星、今枝 綾です」

「初めまして。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしく。噂どおりの美人だねぇ」

「さぁ、じゃあ食事にしましょう」

 美味しそうなというか高級そうな料理が次々に運ばれて来る。
 団長が私のお皿にも取り分けてくれる。慣れた手つきで。

 そのプロデューサーは、とにかく饒舌な人で来年早々、映画を撮る予定になっていると熱っぽく語る。
 春には、テレビドラマをという話も来ていると……。

 自分の有能振りを誇示しているとしか思えなかったけれど……。



 食事の途中で団長の携帯が鳴り申し訳なさそうに出て行った。
 なかなか戻って来ない。二人きりにされても間が持たない。

「綾ちゃん、君は何歳?」と聞かれた。

「十九歳です」と答えた。

「そうか。じゃあお酒の席には誘えないね。この後ラウンジで団長と飲む約束なんだ。
その後で、二人だけでオーディションをしようと思うんだけど……」

「はぁ? オーディションですか?」

 プロデューサーはカードキーを出して私の前に置いた。

「あのう……」

「その部屋で待っていてくれないか? 夜景の綺麗な四十一階のスイートだよ」

「…………」
 どういう意味?
 そういう意味……か。

 プロデューサーは私の椅子の背もたれに置いたバッグにカードキーを仕舞った。

「失礼してすみません」団長が戻って来た。

 何も無かったように食事を続けて。

「僕たちは、ラウンジで少し飲んで帰るから……」

「はい。私はこれで失礼します」

「綾ちゃん、気を付けて帰るんだよ」
団長は知っているのか真意が読めない。


 エレベーターで上の階へと移動する二人を見送った。
 ドアが閉まる時、プロデューサーは、じっと私を見ていた。その視線に嫌悪感しか持てなかった。


 私は下へ降りるエレベーターに一人で乗って……。
 そのまま一階まで降りると迷わずフロントに向かった。

「これ、落し物のようですけど」
とカードキーを差し出した。



 噂には聞いてはいたけれど、確かな現実となって目の前に現れると信じられなかった。
 なんでもない事なの? これが? 普通の世界?

 ホテルを出て夜の街を歩いた。
 眠らない街。
 都会の片隅。

 こんな女として最低な手段を使ってでも夢を叶えた人が居るのだろうか?

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